<育児日記10月17日>

 最近はずいぶん蛍に夕食を任せっきりだったのだが、今日は久しぶりに俺が作った。メニューは俺特製のオムライスだ。ケチャップではなくソースをベースにしたチキンライス・・・といっても鶏肉ではなくソーセージなのだが・・・の上に、半熟スクランブルエッグをたっぷりのせるのがミソだ。蛍もこれが大好きで、昔はよくせがまれたもんだが・・・実はこれ、オムライスをどうやって巻くのか分からなかった俺が、ごまかすために適当に作ったというのはここだけの秘密だ。ソースにしたのもケチャップがなかったからだし・・・まあ蛍は喜んで食べてくれるので、良しとしよう。


 

宝珠師横島 〜The Jewelry days〜  


第7話  『弟子入り志願・蛍の学校生活U』


 

(横島忠夫)

「・・・だから今言ったようににオリハルコンをとおして霊力を浸透させる際には、必ずオリハルコンの特性である結晶変化を考慮する必要があるんだ」

 六道女学園高等部の美術室で、『精神感応金属オリハルコン』での霊的加工についての説明を行う。手にはいつも使っているオリハルコン製のスパイク。

 目の前に座る28人の女生徒は、俺の言葉を一字一句逃さないようにと、真剣な表情で耳を傾けている。大抵こういう講義では内職したり居眠りをする生徒がいるものだが、高等部で特別講師を始めて2年、そういった生徒は一人も見たことがない。やはりお嬢様学校と言ったところだろうか・・・とにかくみんなこちらをじっと真剣に見つめているので気恥ずかしい部分はあるのだが、それでも去年に比べたらずいぶん講師が板に付いたと思う。

「それじゃあ抗議はこのくらいにして、実際にやってみようか。みんなの前にあるのは俺の持ってる純オリハルコンじゃあなくてオリハルコンメッキなんだけど、今回はそれで十分だからね」

 オリハルコンメッキは霊力の圧縮には向いていないが、逆に純オリハルコン製よりも結晶変化率が少ないので扱いやすい。それになにより安い。

「じゃあ各自、指定した法陣を書き込んでみようか。俺も作業してるから、なにか分からないことがあったら、悪いけど声を出して呼んでくれ」

 俺の声で女生徒たちが、オリハルコンメッキのスパイクで薄い銀盤に魔法陣を書き込んでゆく。もちろん横に置いた見本を見ながらだ。ちなみに書き込んでいる魔法陣は、誰にでも扱うことが出来るような簡単な簡易結界だ。


 

 きゃいきゃいと作業する女生徒たちを尻目に、俺も手元の銀盤に魔法陣を書き込んでゆく。女生徒たちの使っている銀盤より一回り小さい銀盤に書き込むのは、簡易結界ではなく精神波防御のみに特化した結界陣。もちろんカンペなどは見ずに。まあ一応これを本職にしているプロだからこのくらい出来なければ示しがつかない。

 一息で描けるところまで描き込み、顔を上げる。やはりみんなオリハルコンの扱いに手間取っているようだ。

 オリハルコンは『精神感応金属』と称される。それは人間の精神というか霊力によって、金属結晶を変化させる性質があるからだ。この結晶変化によって霊力放射方向が変わってくるので、慣れないうちは使いづらいのだが、慣れてくると逆に結晶軸方向を変化させて、霊力を一点に集中したり、残留霊力を効率よく放出させることが出来るようになる。かくいう俺も、スパイクの先に霊力を集中させることで、まるで鉛筆で字を書くように、銀盤に魔法陣を焼き付けて言っているのだが。

「先生〜すいませ〜ん!」
「どうかした?」
「霊力が拡散しちゃうんですけど・・・」

 よく見ると周りの子も同じように困った顔。う〜ん、コツが分かるまで難しいかな?

「そうだね・・・」

 手を挙げていた娘の傍らまで近づく。霊視してみると・・・あ〜やっぱり軸が安定していないな。

「ちょっといいかな」

 断って、スパイクを持っている女生徒の手を上から握る。

「せ、先生・・・!?」
「俺が上から実際にやってみるから、制御の仕方とその感覚をよく覚えておいてね」
「・・・は、は、はい!」

 なんだか固くなっている生徒。やっぱり手を握ったのはまずかったかな、と思うが、こうしなければ感覚をつかませることは出来ない。それに蛍にはよくこうやって教えてるし・・・。

 周りの生徒の視線が手に集まる。よく見えるように立ち位置を変えると、自分の霊力を女生徒の手を通して浸透させる。

「・・・あっ」
「みんなもいいかな?なるべく安定させた霊力を、まっすぐ出すんじゃなくて、変化することを前提に始めは色んな方向で浸透させてやるんだ。そのなかで先の方にまっすぐ進む方向を見つけて・・・」

 説明をしながら女生徒の手を動かし、銀盤にさらさらと簡易結界の法陣を焼き付けてゆく。もちろんさわりのちょっとだけ。

「こんな感じかな・・・どう、感覚はつかめた?」
「あっ・・・ん、はい・・・なんとなく」

 手を離してその女生徒に聞く。ん、よく見ると顔が赤いが・・・やはり年頃の女の子の手を握るのはまずかったかな?まあそんなにいやがられてた訳じゃないみたいだけど・・・。

「まあ何となく分かってくれればいいからね。他のみんなも!多少コツがいる技術だから、感覚がまだつかめない人は手を挙げてね」

『はいっ!!!』

 一斉に手を挙げる女生徒たち。やはりいきなりオリハルコンを使うのは厳しかったか。

 苦笑いを浮かべると、近くの女生徒から教えてゆくことにした。


 

(矢田朋姫)

「・・・・・」

 半開きになったドアの隙間から美術準備室の中をのぞく。中で私達が使った道具を片付けているのは、去年からこの六道女学園の高等部霊能科で、選択授業の『霊的装飾技術論』を教えている特別講師の横島先生。

 ネクタイしていないグレーのワイシャツの上にデニムのエプロンをつけた横島先生は、まだまだ若い。どう見ても20歳中盤程度にしか見えません。しかしながらその本職があの『YOKOSHIMAブランド』の社長兼デザイナーだということは、周知の事実です。

 テキパキと道具の手入れをしている横島先生。さすが本業だけあってその手つきにはよどみがありません。まるで一つの流れに沿っているような動き・・・しかしそのせいで話しかけるきっかけがつかめなくて。

 意を決する。次に横島先生の手が止まった瞬間に話しかけよう。

 そうこうしているうちに横島先生の手から最後のスパイクが・・・・。

「よ、よ、横島先生!」

「ん、どうかした矢田さん?」


 

 こちらを向く横島先生。その端正な顔立ちと優しそうな雰囲気、そして漂ってくる大人の香りから高等部の生徒はおろか、保護者や若い先生たちにまで絶大な人気を誇っている。一説には、隠れも含めて10以上の非公式フャンクラブが存在しているとか何とか・・・しかも納得できてしまうあたり、この六道女学園がどれだけ横島先生に熱をあげているかが分かるというものだ。

 まあそれはともかく・・・

「その・・・少しお願いがあるんですけど・・・」

 覚悟を決めたとはいえ、本人を目の前にすると怖じ気づいてしまう。

「ん?なにかな?」

 優しい目で私を見る横島先生。今きっと自分の顔は真っ赤だろう。

 しかし言わなければいけない。自分には、それしか残されていないのだから・・・


 

「私を・・・私を弟子にしてください!」




 

(藤沢 都子)

 校門まで100メートルかそこらのところで、見知った後ろ姿を見つけ、声をかける。

「おはよう蛍、ひのめちゃん」
「あっ、おはようございます」

 しっかりとした声で返事を返してきたのは、六道学園の初等部に通っているひのめちゃん。通学路が同じせいか、よく蛍と一緒に登校している。たまにそこに横島さんが加わるのだが。

「う〜・・・おはよ〜、都子ちゃん」

 やけに元気のない声をかえす蛍。

「ひのめちゃん、蛍どうしたの?」
「昨日のその前から、お兄ちゃんが出張に行っちゃってて、それで・・・」
「横島さんが?」
「明日には帰ってくるらしいですけど」

 小学生とは思えないしっかりとした口調でそう言うひのめちゃんと、その横でため息をつく蛍。普段はまるで本当の姉妹のような二人だが、横島さんが絡むとたまにこんなふうに、姉と妹が逆転したりする。

 その全身から『パパが恋しい』オーラをだしながらとぼとぼと歩く蛍。まあ蛍にとっては横島さんと2,3日会えないのはきついことなのかもしれないけど。

「お姉ちゃん、昨日からずっとこうなのですよ」

 困ったお姉ちゃんです、と笑うひのめちゃん。ひのめちゃんと蛍に血のつながりはないけれど、ひのめちゃんは蛍のことを『お姉ちゃん』と呼んでいる。本当の姉・・・それはあの『美神 令子』さんらしいけど・・・がいるのに、どうしてそう言うのか前に聞いたら『う〜ん、わたしにとってお姉ちゃんはお姉ちゃんなんです。それに『お姉』なんか『お姉』で十分なんです』と力説されてしまった。

「それじゃあ、またです」

 校門のところでひのめちゃんと別れる。ふと周りを見渡すと、そこかしこに蛍のように肩を落とした高等部の先輩たちの集団。よく見ると所々に中等部の生徒の姿も見える。

「どこもかしこも横島さん・・・か」

 きっとあの集団は校門で蛍と別れ、高等部へと向かう横島さんを見ようと・・・あわよくばお話ししながら一緒に登校しようとしていた人たちに違いない。多分『フャンクラブ』か『同好友の会』か『ラブ連』か『サークル』か・・・

 女の園である六道女学園。当然、出会いはおろか男の影など全くない。そこに去年、高等部に颯爽と現れた蛍のお父さん・・・横島先生。まだ若くて優しくて格好いい・・・小さいころからよく蛍の家には遊びに行っているので私もよく知っている・・・特別講師の先生が来たのだ。それはもう高等部の先輩たちは大喜び。わずか3ヶ月でファンクラブが乱立するほどの大騒ぎになった。校舎が離れているし、霊能科のない私達中等部には横島さんが教えに来ることはないので、その騒ぎが飛び火することはなかったけど、それでもどこからか嗅ぎつけ、ファンクラブ入りした知り合いもちらほら。

 もちろん私も横島さんのことは格好いいと思うけど・・・

「さすがに親友の『お父さん』じゃあねえ・・・」
「・・・都子ちゃん、何か言った・・・?」
「ううん、なんでもない」

 どうも昔から『蛍のお父さん』として接してきたので、恋愛対象とかそう言う風には全く見れない。どっちかというと近所のお兄さんと言ったところか。だいたいどういう発想をしたら蛍のお父さんに恋しろというのか。それに親友が義理の娘になるなんて冗談じゃない。

「ん?そう言えば蛍、横島さんが出張って事はアンタいま家で独りなの?」
「・・・ううん、パパが頼んだみたいで、一昨日からお爺ちゃんが泊まりに来てるの」
「お爺ちゃんって・・・カオスさん?」

 首を振る蛍。

「ううん、おっきいお爺ちゃんじゃなくて、ちっちゃい方のお爺ちゃんが来てるの。都子ちゃんは見たことないと思うよ」
「ちっちゃい方って・・・拳法の達人とか言う?」
「うん。お爺ちゃんに会えるのはうれしいんだけど・・・」

 元気なくつぶやく蛍。

「う〜パパ〜・・・」

 私の親友は極度のファザコンだ。そのファザコンぶりはすさまじく、ついこの間まで本気で『大きくなったらパパのお嫁さんになる』と公言していたほど。最近になってそう言うのは辞めたようだが、それでも時折人前でも『パパ大好き』というものだから一緒にいるこっちが恥ずかしくなる。

「パパ・・・ねえ」

 思わず自分が父さんに向かって『パパ大好き』と言うのを想像してしまって、気分が悪くなる。そう思うとこんなセリフを臆面もなく言える親友はすごいと思うし、ちょっと引いてしまう。

「ほら元気出して蛍。帰ってきたら横島さんが心配するわよ」
「・・・パパが帰ってくればすぐに直るよ〜。きっと私はパパから離れれば離れるほど、力がなくなるのよ・・・」
「そ・・・そう(汗)」

「そうよ。だいたいパパが悪いのよ! 私をおいてゆくなんて! いつも一緒にいてくれるって言ったのに〜」
「へ、へぇ〜・・・(多汗)」

 ホントに大丈夫だろうか、この親友は。冗談なしに一生親離れできないんじゃないかと心配になる。っていうか頼むから人の道を外れるようなことだけはしないでね。

 結局、次の日横島さんが帰ってきたとたんに蛍の『パパが恋しい病』はなんの後遺症も残さず治ったのだった。







 

(矢田 朋姫)

「はあ・・・」

 ため息が漏れる。目の前におかれているのは、今日横島先生の授業で使ったのと同じ銀盤とオリハルコン製のスパイク。

 弟子にしてくださいと頼んだ横島先生は、驚いたりせずに一つの小さな紙袋を取り出すと私に渡した。

『これを使ってある法陣を細工してもらおうかな。もし俺が納得できるものを作れたら、その時は弟子の件、考えてあげるよ』

 そう言って渡された紙袋の中に入っていたのは、コインより二回り大きな銀盤と授業で使ったスパイク、そして見本と思われる、見たこともない魔法陣が描かれた銀盤でした。

 あまりに用意のよい横島先生の対応。それはきっと常日頃から弟子入り志願をする人が絶えないからなのだと思います。それこそファンクラブの人たちなら横島先生と一緒にいるため、弟子入りを志願したりするのでしょう。

「はあ・・・」

 きっと横島先生は私をファンクラブの子たちと同じように思っているに違いないです。本気で弟子入りする気のないミーハーな女子高生だと。

 でも弟子入り志願をする理由は言わなかった。いや、言えなかったと言う方が正しいかもしれない。こんなコンプレックスにまみれた理由など。

 私には姉が一人いる。六道女学園のOGで、卒業してわずか1年でGS免許を取得した優秀な姉が。

 私の家系は符術士の家系だ。だからどうしても姉と比べられてしまう。

『春衣があなたくらいの時は・・・』『春衣だったらこのくらい・・・』と。

 小さいころから習わされてきた符術。私は人一倍がんばったつもりだ。それなのにどれだけがんばっても姉さんという越えられない壁が立ちふさがる。 


 

 だから・・・

「バカみたい・・・ですね」

 自嘲の笑みが浮かぶ。

 いままで符術という東洋呪術を学んできた自分が、突然、西洋錬金術である霊的装飾など出来るはずがない。

 結局私は符術しか能がないのだから。

 でももし・・・もし自分が霊的装飾の道を歩めば、そこに自分だけの道が開けるのではないか・・・そんな期待を捨てることは出来ない。


 

 オリハルコン製のスパイクを握りしめ、私は銀盤に向かった。






 

(藤沢 都子)

「ねえ都子、横島さんどうしちゃったの?」
「・・・またいつもの病気・・・」
「『パパが恋しい病』?」

 うなづく。

 今はお昼休みの時間。授業にも全く身が入らず、給食もほとんどノドを通らない蛍の様子を見かねた級友たちが私の元にやってくる。ちなみに蛍はほおづえをついて窓の外を眺めている・・・時折ため息をつきながら。まるで窓辺の令嬢か病弱な少女のように。

「まったくいつものことながら・・・」
「・・・あいかわらずの超ファザコンぶりだね〜」

 みんなそろってため息をつく。


 

 蛍のファザコンぶりはクラスでも有名というか自明の理。なんせ友達同士で好きな人の話をすると、なんためらいもせずに『パパ』と言いきるのだ。蛍と話をしても、いつも話に出てくるのは『パパがどうした』『パパと何した』ばかり。ほほえましいと言えばほほえましいのだが・・・

『中学生にもなってそれはないだろ』

 と言うのがクラス全体の意見だ。

「まああんなファザコン娘はほっといて・・・」
「をい」
「どうせすぐ直るんだから〜」
『それもそうね』

 満場一致。ごめん蛍、いい加減親離れしなさい。


 

「ほらほら、それよりコレ見てコレ」

 そう言って出されたのは一冊の冊子。何となく手製の感が否めないが。

「ほら」

 そうして開かれたページには・・・


 

『今週の横島先生。隠し撮り大特集!!』




 

 ・・・・ちょっと待て。




「コレ何なの?」
「高等部の先輩にもらった会報よ!」

 しかも何でよりによって一番過激な『ラブ連』の会報なのよ。

「ねえねえ、横島先生って誰なの?」
「ちょっと知らないの!?」
「横島って・・・あの?」

 横を向くみんな。その先には・・・

「ちがうちがう、あの横島じゃあないわよ。高等部で特別講師をやってる横島って言う先生よ。もう、ほんっとーに格好いいんだから!」
「へえ、こんなのがあるんだね〜」

 みんなでページをめくる。袋とじになっていたページに載っているのは、横島さんのスナップ写真。しかもそのアングルを見る限り本当に隠し撮りのようだ。なのに所々、横島さんカメラ目線で手を振ってるんですけど・・・。

「知らない先生だけど、確かに格好良いかな〜」
「うん、私もこんな先生が高等部にいるなんて知らなかった・・・」

 そんなことを言うのは、中等部になって六道学園に入ってきた子たち。たいして初等部からあがってきた子は・・・。

『なんかどこかで見たような・・・』

 ほとんど気づかないみたいだけど、何人か物言いたげに私の方を見てくる。そんな子に向かって、口だけで『ダメダメダメダメ・・・』とサインを送る。

 横目で蛍を見る。こちらには気づかない様子。よし。

「いいな〜中等部にも来ないかな〜」


 

 頼むからそれだけは勘弁して。でないと大変なことになるから。


 

 主にファザコン娘が・・・。


 

(矢田 朋姫)

 あれから3日後、私は今特別講師用控え室にいる。目の前でパソコンをいじっているのは、横島先生。キーボードの上を舞っていたその手が止まる。

「ごめん、待たせたかな?」
「い、いえ・・・あの、それより・・・」
「そうだね、じゃあ見せてもらおう」

 不安から震えそうになる手を必死に押しとどめ、私はおずおずと銀盤を差し出した。

「ああ、こっちじゃなくてスパイクを見せてくれない?」
「スパイク・・・ですか?」
「まあこれはコレで良いんだけどね。本当に見たいのはスパイクだから」
「はあ・・・?」

 よく分からないが、紙袋から借りたスパイクを取り出し横島先生に渡す。

「ふむ・・・・」

 スパイクの両端を人差し指でささえ、しげしげと見る横島先生。その指先に霊力が集まったかと思うと、次の瞬間『ピシッ』という音がしてスパイクの表面にひびが入ると、その隙間からスパイクがぼんやりと光り出す。

「えっ?いったい・・・なにが・・・」

 目の前で起こっていることが理解できない。そんな私を見かねて横島先生が口を開いた。

「これはね、実は前に矢田さんたちが使ってたスパイクじゃあないんだ。表面はオリハルコンでメッキしてあるけど、中身が違う。これは『ヒヒイロカネ』で出来たスパイクなんだ」
「ヒヒイロ・・・カネ・・・?」

 横島先生がひびの入ったスパイクを軽くふる。ぱらぱらとメッキがはがれ、中から現れたのは青みがかった色のオリハルコンとは似ても似つかない、赤みがかった金色の金属。

「そう、『思考金属ヒヒイロカネ』。詳しい性質はそのうち授業でも触れようと思ってるけど、霊力にこもった思考を保存して、その思考に基づいた性質に変化するっていう性質があるんだ。でね・・・」

 横島先生が話す。


 

 つまり横島先生は、弟子入りを頼んできた私がどう考えても本気で弟子入り従っているようには感じられなかった。だから反則かとも思ったけれど、ヒヒイロカネを使わせることにしたらしい。

「だまってこんな事をしたのはホントにごめん。でもさ、悩んでる生徒をほっとくわけにもいかなかったからさ」

 そう言って照れくさそうに首をかきながら、笑いかける横島先生。その優しい笑顔が、私の心をほぐしてゆく。

「私・・・その・・・」
「悩むのは良いことだと思う。俺なんか学生の時あんまり悩まずに生きてきたから、後になってそのつけを払う羽目になっちゃったから。だから悩みがあるんだったら、よく悩んでみると良い」

 横島先生の優しい笑顔に浮かぶ、小さな影。

「でもさ、いつまでも悩んでたってしょうがないこともあると思うんだ。答えが出てなくても前を向かなきゃ行けないときもあるしね。だからさ、そんなとき誰かにちょっと悩みをはき出してみるのも一つの手だと思う。少なくとも俺はずいぶん周りの人に助けられたからね」

 私の悩み。姉へのコンプレックス。

「ちょっとだけ、はき出してみない?」

 にっこりと笑いかける横島先生。その笑顔は穏やかで、まるで私を大きく包み込んでくれるようで。

 思う。


 

 横島先生の笑顔は、とても卑怯だ。





 

(横島 忠夫)

「う〜んおいしい。やっぱりパパ特製オムライスは最高!」

 スプーン片手にそう言う蛍。しつけの成果か、ものを口に入れながらしゃべることはしない。だから俺もちゃんと飲み込んでから口を開く。

「最近、夕飯は蛍に任せっきりだったからな」
「でもパパも忙しいんだから・・・なんなら当番制でもいいのに」
「ありがと。でもやっぱり夕飯は俺が作ってやりたいからさ」

 蛍においしくて健康的な食事を作らなければと、魔鈴さんに教わりながら料理修行したときのことが思い出される。

「パパのご飯、私がつくってあげたいのに〜」
「気持ちだけもらっとくよ」

 一人暮らしの時は料理など全く作らなかった。昔のアパートのほんとうに小さなキッチンなど、俺よりおキヌちゃんの方が詳しかったほどだ。妙神山では小竜姫様やジーク、ベスパなんかが作ってくれてたし。しかし二人暮らしするようになって、蛍にそんな不健康な食生活をおくらせるわけにはいかないと、魔鈴さんに頼み込み、時々お店を手伝うことを条件に料理を教えてもらったのが、もう何年の前の話。いまではレパートリーも増え、蛍においしいと言ってもらえる料理を作れるようになった。

『温かいご飯』

 いままで食べるばかりだった俺。目の前に出される温かいご飯が、当たり前だと思っていた子どものころ。

 しかし自分が作る側になって、始めて分かった。

 それがどれだけ大変なことか。どれほど頭を悩ますことか。

 けれども、俺の料理をおいしいと言って食べてくれる蛍がいる。俺の作った温かいご飯で、笑顔になる蛍がいる。


 

 苦労して作っても、すぐになくなってしまうものだけど。

 その一瞬があるから。次もその一瞬が見たいから。だから俺は蛍に『温かいご飯』を作ってやりたいと思う。


 

 とろける半熟卵をご飯とからめ、口にほおばる蛍。その表情は今にもとろけそうで・・・。


 

「ん〜幸せ〜!」


 

 俺も幸せだよ、蛍。


 

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