<育児日記11月1日>

 今日は蛍の授業参観だった。いままで何度か見に行ったことがあるが、蛍の授業風景が見える数少ない機会なので、必ず見に行っている。自営業の強みだ。さて授業参観だが、やはり後ろに親がいると、全くいつも通りの授業とはいかないようだ。大半の生徒がチラチラと後ろを見てくるし、先生も落ち着かない様子で赤くなりながらこちらを伺っていた。自分の小学校のころの授業参観などあまり覚えていないが、生徒はともかく先生はそれなりに落ち着いていたような気がするが、まあまだ若そうな先生だったからしょうがないのだろう。ちなみに平日なので、俺以外はみんな母親の方が来ており、どうも視線を感じてしまって落ち着かなかった。


 

宝珠師横島 〜The Jewelry days〜 


第6話  『宝珠あげます・蛍の学校生活T』


 

(横島 蛍)

「ねえ、蛍ちゃん」
「なあに先生?」

 帰りの挨拶のあと、蛍にお話ししてきたのは担任の『都築 久美子』先生。去年、先生になったばかりのまだ若い先生で、パパと同じくらいの歳らしい。

「授業参観の紙、ちゃんとお父さんに渡した?」

 パパは授業参観や運動会や学芸会の時は、必ず見に来てくれる。他の子のお父さんはあんまり来たのを見たことないけど、『どうして?』ってパパに聞いたら、お家でお仕事をしてないからだよって教えてくれた。でもなんでお家でお仕事してないと、これないんだろう?

「うん。でもどうして?」

 パパは蛍の自慢のパパ。

 若くて優しくて格好よくて、もう完璧なの!

 だから授業参観に来てくれたときは、パパに見られるのはちょっと恥ずかしいけど、とってもうれしくなっちゃう。友達にも自慢できるし。えへへ。

「え、あ、その、ちゃんと渡してくれたならいいのよ」

 笑いながら教室を出て行く先生。

 もしかして先生、蛍がプリント忘れてるなんて思ってたの? もう! 蛍はパパに似てとっても優秀なんだから。それにパパに隠し事なんてしたくないし。うん・・・え〜と、でもアレとかアレとかアレなんかはパパには秘密。ベスパお姉ちゃんも『それは義兄さんにも秘密にしていても大丈夫』って笑いながら言ってくれたし。

「やっぱり来るみたいよ!」
「え〜ウソホント!前ちょっとしか見れなかったから、今度は絶対に見てやるわ!」
「ふふん、私なんかこの前、懇談会で話ししちゃったもんね」
「なっ、くっ!どうして私はA組の担任じゃないのよ!」
「残念だったわね、B組担任の山本セ・ン・セ。おほほほほほ〜」

 机の中からノートを出して、鞄に詰める。教科書は同じのが家にあるから机の中においてっても大丈夫。蛍の学校では、なんか重たいものを背中に背負うと骨に悪いからって同じ教科書を2冊ずつ買わされるの。パパの学校はそんなのなかったんだって。でも蛍を片手でぶら下げちゃう力持ちのパパなら、教科書なんて楽々だったんだろうな〜。

「ねぇねぇ蛍ちゃん、授業参観ってやっぱりお父さんが来るの?」
「うん、そうだよ。それがどうかしたの?」
「ううん、お母さんに聞いて来てって言われたの。それにしても蛍ちゃんいいな〜格好いいお父さんで。私のお父さんなんて、家にいるときはテレビばっかみてるしさ〜。そうそう聞いてよ。この間なんか『いいものあげる』って言っておならしたのよ!」

 いつも一緒に帰る、大の仲良しのミヤちゃん。でもお巡りさんのカッコしてるときのミヤちゃんのお父さんも格好いいと思うよ。もちろんパパが一番だけど。

「あ〜蛍ちゃんのお父さんが私のお父さんだったらな〜」

 クラスのみんなからよく言われるの。『蛍ちゃんのお父さんは格好が良くてうらやましい』って。

 でもパパは蛍だけのパパだから、誰にもあげない。仲良しのミヤちゃんならほんのちょっと貸してあげてもいいけど・・・でもホントにホントにほんっとーにちょっとだけだからね!

「蛍ちゃん、もう帰ろっか」
「そうだね」



 蛍のパパは世界一ステキなパパ。




 

(横島忠夫)

「俺をクラス対抗戦の特別審査員にですか!?」
「そうなの〜お願いできないかしら〜」

 相談しておきたいことがあって六道理事長のところを訪ねてきたのだが、部屋に入ったそうそうに言われた事は俺に高等部の年中行事である、クラス対抗戦の特別審査員として出て欲しいと言うことだった。

「でも俺、GSを引退した身ですよ?」

 引退したとは言ってもGS免許はまだちゃんと更新しているし、年に数回程度、除霊に携わることもある。だが免許はあくまで持っていれば便利と言うだけだし、除霊もほんのちょっと手伝う程度なので、俺自身は完全に引退したつもりでいる。

「それは〜関係ないわ〜。横島くんは〜あくまで〜YOKOSHIMAブランドの〜彫金師として〜出てくれればいいの〜」
「彫金師として・・・ですか?」

 クラス対抗戦は、実践とは似ても似つかない試合形式だが、それでも生徒同士が戦うものだ。それならやはり現役のGSとかの方がいいと思うのだが。

「そうよ〜。それでね〜できれば〜試供品とか〜試作品とかでいいんだけど〜横島くんのブランドから〜なにか賞品を出して欲しいの〜」

 理事長が言うには、最近どうもマンネリ気味になってきたクラス対抗戦に一風いれるため、教育者としては不謹慎だが、賞品を一新したい。そこで女性向けアクセサリーを扱っている俺に、一種のスポンサーになって欲しいということらしい。

「う〜ん、そうですね〜」

 もので釣ると言えば聞こえは悪いかもしれないが、それで出場する女生徒のやる気が出るというなら、まあいいと思う。

「いままでは〜優勝した娘には〜鉛筆を5ダースあげてたんだけど〜生徒から〜不満の声があがっちゃって〜」

 え、鉛筆60本・・・そりゃあ不満の声もあがるだろう。高校生ともなれば、ほとんどシャープペンシルだろうし、そんな寄付する以外に使い道のないものなど、もはや嫌がらせだ。というかクラス対抗戦がマンネリ気味になっていたのは、それが原因なのでは・・・。

「ね〜おばさんからの〜おねがい〜。もちろん〜ちょっとしたお礼はするから〜」

 まあ深く考えるまでもない。

 六道理事長には親子共々お世話になっているし、これから先も色々とお世話になるだろうから。・・・それに理事長のお願いを断ると後がコワイし。

 俺は二つ返事で了承した。


 

 これが後に、六道女学園高等部に様々な波紋を呼ぶことになるのだが・・・この時は全く思いもよらなかった。








 

(とある剣術少女と眼鏡少女の会話より)

「ねえ凉子さん、聞きました?」
「ん、何をだ?」

 昼のひとときを家から持参した番茶で一服していると、級友であり、幼なじみでもある矢田春衣(やだはるい)がその長い髪を揺らして聞いてきた。

「今度のクラス対抗戦、なにやら賞品が出るそうですよ」
「ふむ、賞品か」

 一応クラス代表候補に選ばれている身だが、賞品などに興味はない。もちろん出場する以上は優勝するつもりでいるが、それは純粋に己の腕を試したいがためだ。第一・・・

「たしか鉛筆5ダースと聞いた覚えがあるが?」

 その賞品にいったいどう期待しろと言うのか。

「いいえ、今年から変わったようです」
「ほう、して?」
「・・・宝珠だそうです」
「宝珠・・・な、なんだと!まことか!?」

 うなづく春衣。

「3年の先輩方が六道理事から聞いたらしいので、確かな情報です」

 理事長の息女である六道理事。あの間延びした口調はいかんともしがたいが、その身に宿る霊力は我はおろか、符術士の家系で高い霊力を誇る春衣ですら軽く凌駕し、伝説の式神である十二神将を使いこなすと覚え聞く。その六道理事が言ったことならば確かに信用足る情報に相違ないだろう。

「しかしにわかには信じれんな。いくら六道家とはいえ、我々単なる生徒の試合の賞品にあのような高価なものを出すとは」
「ええ、ですけどなんでもあの『YOKOSHIMAブランド』の社長が特別審査員に招かれているそうで」
「なるほど『YOKOSHIMAブランド』か・・・」


 

 『YOKOSHIMAブランド』

 それは何年か前に出てきた、アクセサリーブランドだ。シルバーアクセサリーをメインに扱うそのブランドだが、このブランドから出されるアクセサリーはただのアクセサリーではない。そのアクセサリー自体にルーン文字やサンスクリット文字、古代漢字等が刻まれ、それほど力はないにしても、お守りやおまじないとしてならそこらの神社のお守りなどか、よっぽど効き目があるという『おまじないアイテム』なのだ。その効き目やデザインが受け、そういったアクセサリーに興味のない我でも知っているほど、若い女性を中心にして静かなブームになっている。

 そしてその『YOKOSHIMAブランド』にまつわる噂・・・これは我々オカルト業界での噂だが・・・が宝珠の製造元だと言う噂だ。

 公式に明言されたわけではないし、宝珠を一手に扱う『六道ジュエリー』も沈黙を保っているそうだが、装飾の雰囲気やデザインの癖などから、まず間違いなく何らかの関係があると見られている。


 

 その『YOKOSHIMAブランド』の名前に、一気に信憑性が増す。

「そうか・・・宝珠か・・・」

 制服の上から胸元を撫でる。指先に当たる小さな固い感触。

 まだ自分が中学生だったとき、退魔に出かけ、瀕死の重傷を負った父上を死の淵から救った奇跡の欠片。始めついていた緑色の宝石は、父上が目を覚ました瞬間に消え去ってしまったのだが、残った金と銀の飾りは今も自分の胸元にある。ほんのわずかだが霊力を回復してくれる力と共に。

 その時、同じ場所で同じ時を刻んだ春衣。ならば思いは同じ。

「これは是が非でも優勝せねばならんな・・・」
「そうですね」

 机の脇に立てかけてある竹刀袋を握りしめる。その中に入った、樹齢300年の御神木の枝から削った木刀がいつものように出番を待ち望んでいる。

 望月凉子よ、これは油断ならんぞ。


 

(横島忠夫)

 クラス対抗戦を1週間後に控えて、俺はしばらくぶりに・・・と言っても3週間程度だが・・・六道女学園に来た。クラス対抗戦の予定を聞くために。そして何より蛍の授業参観をするためにだ。

 授業参観は6限目なので、お昼休みの時間に六道理事長に会おうと、理事長室のある高等部の方に来たのだが、なにやら高等部の様子がおかしい。やけにピリピリしているというか、ほとんど殺気立っているというか・・・いくら1週間後にクラス対抗戦が控えていると言っても、これはいくらなんでもおかしい。しかもさっきから周りの視線を集めまくってるし・・・。

「ねえ、あの人・・・」
「まさかあの人があの『YOKOSHIMAブランド』の!?」
「わかんないけど、あんな良いスーツといいあの格好良さといい・・・あやしいわね」

 来客用通用門の受付でもらった『来客者証明』の札をつけて、高等部のグラウンドを左手に見ながら歩く。守衛さんに聞いてもらったところ、六道理事長は、いま高等部の校長室にいるらしい。

 と思ったら都合の良いことに、ちょうど高等部の教室棟から出てきた着物姿の熟年の女性、六道理事長を発見。早足で近寄る。

「あら〜横島くん〜、ごめんなさいね〜。ちょっと校長先生と〜長話しちゃって〜」
「いえ、俺も今来たところですから」


 

 高等部のグラウンドが一望できる外庭にいくつも設置されているベンチ。その中で日当たりの良いテーブル付きのものを探し、座る。

「それにしても〜どうしたの〜スーツなんか着て〜?」
「実はこの後、蛍の授業参観なんですよ」
「あら〜そうなの〜」

 さすがに理事長といえども、初等部から高等部までのこまかい行事を全て覚えているわけではないようだ。というか普通覚えられない。

 どこからともなく現れたメイドさんによって用意された紅茶を飲む。さすがに良い葉っぱを使っている。

「それにしても・・・」

 周りを見渡す。いくら高等部の敷地内で理事長とお茶をしているとはいえ、そこらかしこからギラギラとした目を向けられるし、敷地全体がまるで戦場のような緊張感に満たされている。

「いつもこうなんですか?」
「う〜ん、それがね〜ちょっといつもと様子がおかしいの〜。明日クラス代表が発表されるから〜いつもちょっとは緊張してるんだけど〜それでもこんなになったことはないわ〜。みんなとっても殺気立っちゃってるし〜〜。いったいどうしたのかしら〜?」

 どうやら今回に限った現象のようだ。

「あれ〜?横島くんじゃな〜い」


 

 六道理事長と二人で首をひねっていると、突然聞こえた間延びした声。

 十二神将が一、インダラに乗った六道冥子ちゃんだ。

「やあ冥子ちゃん、ひさしぶりかな」
「ホント久しぶり〜」

 にこやかな表情で答える冥子ちゃん。

「ちょっと、聞いた!?」
「あの人、横島って言うらしいわ!」
「ってことはやっぱりあの人が『YOKOSHIMAブランド』の社長!?」
「くっ、ここからじゃよく見えないわ!」
「上よ、校舎の二階に回るのよ!」
「だれか!偵察用の式神か使い魔もってる子いないの!?」

 それにしても美神さんより年上なのに、始めてあったときから全く変わってない冥子ちゃんには全く驚かされる。

「そういえば〜横島くん〜賞品ってどんなのなの〜」

 インダラから降り、聞いてくる冥子ちゃん。

「賞品ってクラス対抗戦の優勝賞品のこと?それなら今度の冬に出そうと思ってる新作の試作版にするつもりだけど?」
「あれ〜そうなの〜?冥子てっきり宝珠だと思って〜みんなにそう言っちゃったんだけど〜〜」

『・・・えっ!?』


 

 ぴしっと硬直する俺と理事長。

「ま、まさか・・・」
「め、冥子〜、みんなってどのみんななの〜?」
「?・・・生徒みんなだけど〜」

 ぎぎぎっと首を動かして理事長と顔を見合わせる。

「り、理事長・・・もしかして・・・?」
「ほ、宝珠が賞品なら〜生徒たちがこんなに殺気だっても〜、ふ、不思議じゃないわねえ〜」

 宝珠は精霊石を超える超高級オカルトアイテム。それがただでもらえるとなれば・・・。

 ごくりとのどを鳴らす俺と理事長。

「も、もしガセだって分かったら、ど、どうなるでしょうね?」
「・・・考えたくもないわ〜。冥子〜後でお仕置きよ〜」

 お仕置きと言われて顔を青くする冥子ちゃんをよそに、俺と理事長は乾いた笑いを浮かべるしかなかった。


 

(横島 蛍)
「それじゃあみんな、お母さんやお父さんと一緒に、気をつけて帰ってくださいね。さようなら〜」

『先生〜さようなら〜』


 

 6時間目が授業参観だったから、帰りの会がものすごく早く終わっちゃた。後ろで待ってるパパを待たせちゃいけないから、急いでノートやプリントを鞄にしまう。

 鞄を背負って、後ろを振り向く。

 他の子のお母さんたちとお話してる、頭半分高いパパと目が合う。蛍の準備が終わったのに気づいたみたい。

「もう帰れるか、蛍?」
「うん!」

 帰る準備はバンタン!他の子も・・・あれ、まだみんな全然帰ってない、どうしたんだろ?廊下には他のクラスの人がもういっぱい出てきてるのに。

「ほら、あれがA組の横島さんのお父さんよ」
「えっ、あんなに若いの!?」
「お母さんまだ帰らないの〜?」
「ごめんね〜ゆーちゃん、もうちょっと待ってね〜・・・もう、よく見えないじゃない!」
「翔華・・・新しいパパ欲しくない・・・うふふふふふふ・・・」


 

 廊下は帰る人がいっぱいで・・・渋滞中?・・・みたい。帰るの、もうちょっと待ってからにしたほうがいいんじゃないかな。

「もうしばらく待った方が良いみたいだな?」

 廊下の様子を見てそう言うパパ。パパ、蛍と同じ事考えてたんだ〜。

『よし!!!』

 蛍の肩から優しく鞄を取ってくれる。

「ありがとパパ。そういえば、さっき何考えてたの?授業中何度も首さわってたから」

 パパの癖。何か考えるとき首を触るの。知らないうちに触っちゃうんだって言ってた。

「また、触ってたか。直さないといけないな」

 そう言って、苦笑を浮かべるパパ。でも首を触りながら真剣な顔をするパパは、なんかとっても格好いいと思う。

「それでどうしたの?」
「ああ来週ね、高等部のクラス対抗戦っていうのの審査員をしてくれないかって理事長先生に頼まれてね。そのことを考えてたんだ。しかもスピーチしてくれって頼まれてね」
「え、じゃあまた来週にパパ来るの?」
「蛍の授業は見に来れないけどね」
「なあんだ・・・」

 せっかくパパが学校に来てるのに会えないなんて残念。

「でも確か高等部のクラス対抗戦って自由見学できるんだろ?」
「そこに行けばパパに会える?」
「試合中は無理だけど、待っててくれるんなら一緒に帰れるよ」
「ホント!分かった、じゃあ待ってるからね」

 やった〜パパと帰れる!

「来週・・・」 
「高等部のクラス対抗戦・・・」
「一緒に帰れる・・・?」


 

 廊下の人はなかなか減らない。このまま待ってたら日が暮れちゃう。

「さ、蛍帰ろうか」
「うん」

 帽子をかぶって、鞄を背負う。

 みんなも他の子のお母さんたちも、今から帰るみたい。

 パパの隣に並ぶ。

 目の前でぶらぶらしてるパパの手。まるで蛍に『捕まえてください』って言ってるみたいに、ゆらゆら揺れてるんだけど・・・でも何か恥ずかしいし。

 するとまごまごしてる蛍の手を、パパのおっきくて暖かい手が包み込んだの。そっか〜蛍がパパに捕まえられちゃったんだ。

 見上げると、にっこり笑いかけてくれるパパ。やっぱりパパは蛍のこと、何でもお見通し。

 パパは世界で一番ステキなパパ。

 パパ大好き!


 

(横島忠夫)

「それでは〜特別審査員を紹介します〜。『YOKOSHIMAブランド』のデザイナーで〜霊的彫金師である〜横島さんです〜」

 理事長に促されて壇上に上がる。

「どうも皆さんこんにちは。『YOKOSHIMAブランド』の横島と言います。今日は特別審査員をさせていただきます。皆さん、どうかケガをしないように精一杯がんばってください」

 そうしてお辞儀をすると、会場から割れんばかりの拍手が巻き起こる。どこからか聞こえる『アンコール』の声は丁重に無視。

 なかなか鳴りやまない拍手が小さくなるのを見計らって、理事長が前に出る。

「え〜と〜、横島さんの厚意で〜優勝賞品をいただけることになりましたので〜」

『おおおお〜〜〜!!』


 

 会場の二階観覧席から声にならないどよめき。そしてアリーナにいる高等部の女学生からは・・・・


 

『・・・・・・・』

 無言の気迫。まるで爆発寸前の爆弾というか、嵐の前の静けさというか・・・怖い。

「え、え〜と、み、みんな、ケガをしないように〜が、がんばってね〜」

 逃げ去るように壇上を降りる理事長に続く。

「え、えらいことになりましたね・・・」
「ほんと〜ケガにだけは注意してもらいたいわ〜」

 審査員席にすわり一息つく俺と理事長。ちなみに冥子ちゃんは事態をややこしくした罰として、救護班として後方に待機させられている。

「それにしてもものすごい観客ですね・・・」

 2階観覧席を見渡す。数年前に出来た、GS試験の予備会場としてもつかえるような巨大体育館。その2階観覧席のほとんどが埋まっている。

『きゃーーー!!!』

 こちらに手を振ってくる女学生や父兄・・・見たところほとんど女親だが・・・に適当に手を振り、愛想を振りまいておく。

「・・・なんだか〜おばさん冥子のせいだけじゃない気がしてきたわ〜」
「どういうことです?」
「ううん〜こっちのことよ〜」

 手を振り返してきた観客を見ながらつぶやく理事長。どうでもいいが、なんだが自分の正面の観覧席がやけに混んでいるというか、どう考えても座席のキャパシティを超えている気がするのだが・・・

「それにしても〜ごめんなさいね〜急なお仕事頼んじゃって〜」
「かまいませんよ。それにあそこまで事態が大きくなってたんじゃ、俺も期待を裏切るわけにはいきませんから」

 なにより未来のお客様たちのためですから、といって理事長にウインクする。

「まあ〜!うふふ〜ありがと〜横島くん〜」

 頬に手を当て、シナを作る理事長。俺のお袋よりも年上なのに、そんなかわいいポーズが様になっている。

 足元を見る。

 紙袋に入っているのは、優勝者に渡す予定の、今度の冬に発売する新作の試作品。そして噂が広がりすぎていて、さすがにまずいと言うことで理事長と相談して決めた代物が入っている。

「さあ横島くん〜試合が始まるわよ〜」

 これだけ観客が多いと蛍がどこにいるのかは分からない。でも試合が終わったら審査員席の方に来るように言ってあるので大丈夫だろう。

 特殊な結界魔法陣の張られたコートに目を向ける。

 ちょうど出場者が入場してきたところ。いやがおうにも会場の興奮が高まる。

『それでは・・・始めっ!』

 審判の声と鳴り響くゴングの音。次の瞬間ぶつかり合う少女たち。

 目の離せない試合になりそうだ。


 

「ごめんね蛍。俺もまさかあんな事になるなんて思わなくて・・・」
「・・・・・(むす〜)」

 六道女学園からの帰り道で、すねる蛍のご機嫌を必死で取る俺。

 あの後、優勝した子たちに新作のネックレスをあげ、そして優勝クラスとして宝珠のついたトロフィー・・・いくらなんでも生徒に宝珠を渡すのは色々問題がある・・・をあげた。ちなみにそのトロフィーは今後、優勝クラスに代々受け継がれることになるという。

 それで、そこまでは良かったのだが、その後高等部の女生徒に捕まってしまい、やれ『お歳は?』とか『今年の新作は?』とか『結婚はしてるんですか?』などと、質問攻めに会う羽目になってしまった。しかも観覧席にいた観客までも殺到するわ、六道理事長は助けてくれないわで・・・そのために蛍となかなか会うことが出来ず、蛍の機嫌を損ねてしまったのだ。

「これからは真っ先に蛍の所に行くからさ。パパを許してくれないかな?」
「・・・・手・・・つないでくれたら許してあげる」
「えっ?」
「・・・・」

 そっぽを向いて手を差し出す蛍。その姿があんまりにも可愛らしくて・・・

「ありがと、蛍」

 そっと小さな手を握る。その手から子ども特有の暖かい体温が伝わってくる。

「・・・あとオムライス。パパ特製の」
「それで姫のお許しがいただけるのなら・・・」

 芝居がかった態度でかがむと、握っていた蛍の手をひきよせ、手の甲にキスをするふりをする。

 急なことに真っ赤になる蛍。

 一度蛍の手を離して立ち上がり、そして蛍に手を差し出す。

「それでは姫、お手をどうぞ」
「・・・はい!」

 満面の笑顔で俺の手を捕まえる蛍。機嫌は直ったみたいだ。


 

 蛍のぬくもりを感じながら、家路を急ぐ。



 唯一の心配は、タマゴがあったかどうかだ。


 

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