<育児日記4月23日>

 予定通り新しい住まいも整ったし、これからここで蛍と暮らして行くことになる。一軒家なので正直2人だけでは大きいと思わなくもないが、将来のことを考えるとこれもいいのかもしれない。ちなみに蛍はまだこの家の雰囲気に慣れない様子。いつものことだが俺にくっつきっぱなしだ。妙神山で作り置いた宝珠がまだたくさんあるから、今すぐ工房を使うわけではないが、やはり保育園なり幼稚園なりに入れることも考えなければならない。とにかくおそらく始めての、本当の親子2人だけの生活が明日から始まる・・・。


 

宝珠師横島 〜The Jewelry days〜 


第2話  『引っ越し完了・二人暮らし』

(横島忠夫)

7年ぶりに下界してから早一ヶ月。美神さんに斡旋して貰った霊的不良物件を文殊であっさり除霊したのが3週間前。とりあえず先立つものをとオカルトGメンにいくつか『宝珠』を売って支度金をそろえ、すぐさま改修工事・・・といってもそれほど建物に痛みはなかったので壁紙等を張り替えたりする程度・・・を業者に頼んで、それが終わったのが一週間前。そして今日、ようやく引っ越しと相成った。

「わるいなみんな、手伝って貰っちゃって」

「気にしないでください」
「そうですけん、ヨコシマさん」
「これも青春よね」

 私物自体はたいしてないといっても、一応7年間妙神山で暮らしていたわけで、荷物もそこそこの量がある。それに宝珠を作るときに使う炉や機材もあるので引っ越し業者に頼もうとしたのだが、そのことをみんなに話したら手伝ってくれるというので、そのことに甘えたのだ。

 ちなみに手伝いに来てくれたのはおキヌちゃんにシロタマの除霊事務所メンバーとピートにタイガー、愛子と小鳩ちゃんの除霊委員+1。特別ゲストに魔鈴さんとマリア(カオスのじーさんはぎっくり腰で寝込んでいるらしい)。おもに男共とマリアが力仕事で女の子たちが掃除という分担に自然になった。

「それにしてもでっかい家ですノー」
「まあな」

三人で工房に炉を運び込む。

「正直、蛍と二人っきりで住むにはでかすぎたと思うんだがな」
「そうですね、ちょっと寂しいですね」
「つってもさすがにあのボロアパートじゃあ蛍の衛生的に悪いだろうし、出来れば庭が欲しかったからな。あと幼稚園が近いし」

 隊長とも相談したが、ある程度落ち着いたら蛍を幼稚園に入れようと思っている。いままで特定の人(しかも人間は一人もいない)にしか接していなかったせいで蛍は人見知りが激しい。あれから一ヶ月で事務所のメンバーや隊長なんかには大分慣れてきたが、それ以外の人には近づこうともしない。こればかりは人に触れさせないとダメと言うことで、手っ取り早く多くの人間とふれあって貰おうというわけだ。はっきり言って非常に心配なのだが。 

 ちなみにいま蛍は隊長に預けてある。


 

「なんかヨコシマさん、お父さんみたいジャノー」

「みたいじゃなくて本当に父親なんだよ」

 炉に排気パイプを取り付けながら、タイガーに言う。まあ信じれない気持ちもわからんわけじゃない。俺だって6年かけてゆっくりと父親になったのだ。それにしても蛍を紹介したときのタイガーとピートの驚きはすごかった。とはいえ二人とも事情は知っていたので、何も聞かずにいてくれたのは本当にありがたかった。

「そういえばその炉はなんに使うんですか?宝珠を焼くわけじゃないでしょうし」
「ん、宝珠の外装あるだろ。あれほとんど銀製なんだけどそいつを作るんだよ。シルバークレイ・・・まあ要するに銀の粘土みたいなもんでな、そいつを形作ってから焼いてやると固まるって訳だ」
「それじゃあホンモノの銀じゃないんジャー?」
「いや、詳しいことは知らねえけど、焼いた粘土は純銀になってんだ」
「ほ〜」
「それは面白いですね」

「まあな、また作るときに見に来いよ。なんならタイガー、ペンダントでも作ってやろうか?」
「べ、べつにワッシは・・・」
「お前じゃなくて真理さんにだよ。まだつきあってんだろ?宝珠製とはいかないが、シルバーだけのペンダントなら2,3千円で売ってやるよ。どうせプレゼントなんかしたこと無いんだろ?」
「え、いやそんなワッシは別に・・・」
「ほれほれ」
「まあまあヨコシマさんも、そのへんで・・・」

 あたふたとするタイガーを追求し、止めようとするピートをのらりくらりとかわしながら思う。本当に俺にはすぎた友達だよ。




 

(氷室キヌ)

「おキヌちゃん、こっち終わったわよ」
「あ、愛子さんご苦労様です。じゃあこっちの窓ふいてもらえますか?」
「わかったわ」

 居間になると思われる部屋の掃除をみんなで一気にやってしまう。大きな家なので掃除するのも一苦労だ。

「・・・それにしてもまさか横島君が子供つれてくるとは思わなかったわ」

 窓の上の方をふくために、自分の机の上に立って窓を磨いている愛子さんが言った言葉に、小鳩さんが小さく返す。

「そう・・・ですね」

 二人とも正直複雑な表情だ。ああ、この二人は横島さんのことが好きで、そして今でも好きでいるんだと再確認してしまう。それなのに横島さんは子供を連れて帰ってきた。事情をある程度知る私ならともかく、全く知らないこの二人にはきつい事実に違いない。

「あの・・・おキヌさん?」
「なんですか?」

 おずおずと聞いてくる小鳩さん。

「・・・おキヌさんは蛍ちゃんのお母さんを知ってるんですか?」

「・・・えっ」

 部屋の空気が止まる。見るとフローリングの床を拭いていた小鳩さん、窓を拭いていた愛子さんとタマモちゃん、ソファーを運んできたシロちゃんの、みんなの目が私に向いていた。そうか、この中では『あの人』のことを知っているのは私だけなんだ。


「・・・はい」

 こんな時、嘘のつけない自分が損な性格に思える。

「ねえ、どんな人だったの?」
「そうでござるな」

 みんなの目が私に問いかけてくる。

「そうですね・・・素敵な女の人でした。自分の気持ちにまっすぐで、自分の全てを横島さんにぶつけて・・・そして最後の最後まで横島さんを想って逝った人です・・・」

 話せないことは多い。少なくても私が話していい事ではない。それでもこれだけは言える。『あの人は』・・・『ルシオラさん』は・・・

「本当に・・・素敵な人でした」

 部屋を沈黙が満たす。みんな複雑な顔をしている。いや、きっと私も複雑な顔をしているに違いない。悲しんでいるのか、悩んでいるのか、喜んでいるのか。でもこれだけは間違いない。

「うらやましい・・・ですね」

 小鳩さんのつぶやき。それはこの場のみんなの言葉を代弁したもの。
自分の気持ちに正直にぶつかっていけた事か、そこまで横島さんを想っていけたことか、横島さんとの間にその絆を残せたことか、それとも消えてもまだ横島さんに想われていることか・・・それは分からない。でもうらやましい。こんな事を思ってしまう自分は浅ましいと思いながらも、それでもうらやましいと思う気持ちを止めることは出来ない。もし自分がそんな風になれたら・・・それは想像でしか味わえないifの話。

「しかしもうお亡くなりになったのでござるか・・・一度会ってみたかったでござるな」
「そうですね・・・」

 シロちゃんの言葉に、私以外の人はうなずく。

「でもさ、ヨコシマが言ってたけどあの蛍って子が忘れ形見って事は、それってずいぶん前の事よね?少なくとも1,2年ってことはないわ」

「ん・・・そう言えばそうね」
「たしか蛍ちゃんって5歳でしたか?」

 それは私も思ったこと。横島さんは今18歳。蛍ちゃんは5歳。普通に考えたら妊娠期間も含めると横島さんが・・・その・・・12歳の時にその・・・そういったことをしたってことになります。でもそれはあり得ません。ルシオラさんがなくなったあの「アシュタロス戦役」・・・もちろんこれはオカルト業界での話ですが・・・から1年半。妙神山で何かあったのは間違いないと思いますけど、それにかんしては横島さんは決して口を開こうとしませんでした。

「どういう事なのかしら?実は養子とか」
「でも横島さん、血はつながってるって・・・」
「そうでござる。蛍殿のにおいは先生そっくりでござる」

 皆さん色々言っていますが、当然どれも推測の域を出ません。そうなれば当然その疑問の矛先は、一番詳しそうな私に来るわけで・・・

「蛍ちゃんが横島さんの実の娘って事は間違いないです。ただ詳しいことは・・・」

 当然疑問に思った美神さんも聞いたのですが・・・

「横島さん言いました。『その秘密は誰にも打ち明けることはしない。責任を持って俺が墓場まで持って行く』って」

 つらそうに、そして懐かしそうにつぶやいた、あの時の横島さんの顔は今でも頭に焼き付いて離れません。まるでどんなに謝ろうと思っても、もう謝ることの出来ない罪人のような、そしてどんな罪をかぶっても家族だけは守り抜こうとする父親の顔・・・私に親はいません。いえ、もちろんいたのでしょうが物心ついたときには一人でした。顔もほとんど覚えていない両親・・・それでもお母さんの温もりやお父さんの大きさ、歌ってくれた子守歌はひとりぼっちの寂しさの穴をほんのちょっと埋めてくれました。


「お父さん・・・か」


 愛子さんがつぶやきます。ここにいるひとはみんな父親がいません。愛子さんとタマモちゃんは親から生まれた訳じゃあないですし、私も小鳩さんもシロちゃんも死に別れています。もしかしたらみんな横島さんにお父さんを見ているのかもしれません。ひょっとしたら私も・・・。


「でもひとつ言えることがあるわね」


 愛子さんがくすっと笑いながら言いました。

「蛍ちゃんのお母さんの座は、まだあいてるって事ね」


「「「「えっ?」」」」



 愛子さんの言葉に、私は一瞬、頭が真っ白になりました。他のみんなも同じ様子。


「ふふっ、これも青春よね」


 呆然とした思考のまま聞いた愛子さんの口癖は、いつまでも頭の中に残っていました。


 






(横島忠夫)

「ふふふっ」
「あれ魔鈴さん、どうしたんすかそんなところで?」

 居間のドアの前でくすくすと笑っている魔鈴さん。

「いえ、そろそろお昼ですし、簡単なものですがお昼にしようと思いまして。皆さんを呼ぼうと思ってたところなんです」
「すんません、引っ越し手伝ってもらって、そのうえ料理まで・・・」
「かまいませんよ、横島さん。簡単なものですし、それに恋する乙女たちのためでもありますから」
「へ?なんすかそれ?」
「いえいえ、こちらのことですから」

 そういってまたくすくすと笑う魔鈴さん。よく分からないがまあいっか。

「それじゃあ俺はピートたちを呼んできますから」
「お願いしますね。ああ、それとつい今さっき美智恵さんたちが見えましたよ」
「え、それじゃあ蛍も?」
「ええ、あとひのめちゃんと西条先輩も」
「西条・・・」

 心の中で『あの道楽公務員め』とつぶやく。差し入れの一つでも持ってきていなかったら、家からたたき出してやると心に誓う。

「それじゃあお願いしますね」

 そう言った魔鈴さんとわかれ、ピートとタイガー、あと物置にあったガラクタの処分をお願いしていたマリアを連れてキッチンへ向かう。

「みんなご苦労さん」
「あっ・・・パパ〜」

 サンドイッチを片手に持ったまま駆け寄ってくる蛍を抱き上げる。

「おじゃましてるわね、横島くん」
「いえ、こちらこそ蛍の面倒見てもらっちゃって・・・こら蛍、座って食べなきゃダメだろ」
「・・・ごめんなさい」

 すなおに謝った蛍の頭を優しくナデながら、空いている席に座る。もちろん蛍は定位置とばかりに俺の膝の上だ。俺たちより先にきて座っていたおキヌちゃんたちがじっと俺の方を見ている。

「う〜拙者も先生にナデナデされたいでござる」
「なに訳のわかんないこと言ってるのよ、このバカ犬!・・・そりゃあアタシだってちょっとは・・・」
「きゃいん、拙者は狼でござる!」

 小声で妙なやり取りをしているシロタマはほおって置く。

「ふふ、しっかりお父さんやってるわね横島くん。これも青春ね」
「まあそれなりにゃあな」

 タマゴサンドをはむはむとかじりながら、見上げてくる蛍になんでもないよという。

「あれ、そういえば西条も来たってきいたけど?」

 見渡す。思い思いの席でサンドイッチに手を伸ばしているおキヌちゃんとシロタマに、隊長とひのめちゃん。ちなみにひのめちゃんも隊長の膝の上だ。子供用の椅子も買った方がいいかな?

 タイガーはものすごい勢いでサンドイッチを飲み込み、ピートはちょっと引きながら食卓に飾ってある・・・てかピート用?・・・のバラから生気をすっていて、魔鈴さんは追加のサンドイッチを作ろうか迷っている様子。ものの食べられないマリアは、ダイニングキッチンの隅っこを指さしながら・・・


 

「横島サン・アレ・デス」
「へっ?」

 マリアの指の先、ダイニングキッチンの片隅で壁に向かってブツブツと言っている西条を発見。てか何やっとるんじゃ、アイツは?

「いったいどうしたんだ、西条のヤツ?」
「蛍ちゃんに『おじちゃん』って言われて、それにつられたひのめまでも『じーじ』って呼んだものだから」

 西条君にも困ったものね、と笑う隊長。さすがにちょっと西条に同情する。本当にちょっとだが。

「僕はまだ若いんだ・・・そうだまだまだ・・・ああそうさもうすぐ三十路まっしぐらさおじさんさじーさんさ・・・ぶつぶつぶつ」

 もう少し同情してもいいかなと思った。

「横島さん、居間の掃除はだいたい終わりましたよ」
「ん?ああ、ありがとおキヌちゃん。他のみんなもありがとな」
「マリアモ・オワリマシタ」
「マリアもサンキュな。今度カオスのとこにお見舞いにでも行くからそういっといてくれ」
「イエス・ワカリマシタ」

「おじいちゃんとこ行くの?」
「そうだよ、お見舞いに行こうな」
「・・・うん」

 うれしそうにうなずく蛍。

 意外なことにGSメンバーの中で蛍が一番懐いたのはカオスだった。もしかしたら蛍の中の科学者の部分がカオスに反応したのかもしれないが、とにかく猿神とおんなじように『おじいちゃん』と呼んでいる。カオスの方もまんざらではないらしく、ほおをゆるめた顔はまさに好々爺と言った風体。猿神といい勝負かもしれない。猿神も蛍の前ではまるで形無しだったしなあ・・・。

「僕たちも、荷物はだいたい運び入れましたよね?」
「もともとそんなに荷物もねえしな。あとは他の部屋の掃除か・・・」

 一番重たいであろう炉も運び込んだし、タンスなんかの家具はおとつい業者が運び入れてくれていたので問題なし。台所用品は昨日おキヌちゃんたちと一緒に買いそろえたのがもう入っているし・・・でなきゃ魔鈴さんが料理できないか・・・布団なんかは妙神山で使っていたのを持ってきている。ちなみに畳の部屋があったのでそこを寝室として使うことにした。なのでベットのようにかさばるものはないし、大きめの布団で一緒に寝ているので、布団も一組だけだ。まだいいと思うけど、もう少し蛍が大きくなったら、もう一組布団を買わなくちゃいけないと思う。正直さみしいが。

「蛍、パパたちもうしばらくお掃除してくるから、ひのめちゃんと遊んでてくれな?」
「・・・ほたるもてつだう」
「うん、蛍がそう言ってくれるとパパ本当にうれしいけど、そうするとひのめちゃんがひとりになっちゃうだろ?だから蛍はひのめちゃんと遊んでてあげてほしいんだ」
「ほら、ひのめもお姉ちゃんと遊びたいって」
「あ〜う」

 蛍の方に手を伸ばすひのめちゃん。俺の顔とひのめちゃんを何度も交互に見て、蛍は小さくうなずいた。

「うん・・・わかった」
「ありがとう、ほたるちゃん。ひのめもうれしいって」
「ほたる・・・おねえちゃんだから・・・」

 恥ずかしそうにする蛍と、うれしそうにはしゃぐひのめちゃん。他のみんなはそんなやりとりをする俺たちをみて笑みを浮かべている。

 これが幸せって事なのかもしれないと思う。

「それじゃあ私達ももう一踏ん張りしましょうか?」

 愛子のかけ声でみんなも立ち上がり、それぞれの部屋に向かう。

 ちなみに西条が持ってきた差し入れは某有名チェーン店のドーナツであった。これにより西条が追い打ちのごとく、家からたたき出されることだけは免れたと言っておこう。


 

 あのあと結局掃除に半日かかってしまい、またしても魔鈴さんに作ってもらった夕食をみんなで食べて・・・ひのめちゃんも食べられるようにとクリームシチューだった・・・その後お開きとなった。おキヌちゃんとシロタマ、小鳩ちゃんと愛子はこのまま美神所霊事務所の方でパジャマパーティーを行うらしく、ピートとタイガーが送っていった。ちなみに愛子曰く『議題が出来たから今日は徹夜よ』とのこと。議長は愛子がつとめるそうだ。

「まさかキミに先を越されるとはね」
「ん?西条か・・・あの絵、サンキュな」
「礼にはおよばんさ」

 肩をすくめながら『キミが素直に感謝するとは・・・明日は槍でも降るかな』と嫌みを言ってくる西条を軽くにらむ。

 絵というのは西条が引越祝いにと持ってきた、居間に飾った一枚の絵だ。海の彼方、水平線の向こうに静かに沈んで行く夕日を描いた油絵。絵のことなんか分からないし、芸術とはほど遠い生活を送ってきたので芸術的なことは何も知らないが、それでもいい絵だということはよく分かった。

「風景画というのは得てして安いものなのだよ」

 西条はそう言っていた。それが本当かどうかは分からないが、照れ隠しのつもりだったのかもしれない。

 ひのめちゃんと遊んでいる蛍を視界の片隅に入れながら、西条の言葉に耳を傾ける。

「それで横島くん、父親になった感想はどうなのかね?」
「ん?ああ・・・どうなんだろうな。なんつーか・・・くすぐったいモンだよ、きっと」

 俺と普通の父親とを比べるのはちょっと違うのかもしれない。それでもきっと父親とはこんなもんなんだと思う。

「そうか・・・」

 西条はそう言ったまま少し黙る。ひのめちゃんの笑い声と蛍の声、時々混じる隊長の声を聞きながら俺たちはソファーに身をゆだねる。

「横島くん・・・」
「あん?」
「独り身の僕が言うべき事ではないが・・・蛍ちゃんに母親が必要だとは思わなかったのかね?」

「・・・・・・」

 小さな西条の声。しかしそれは俺の心に深く届く。

「・・・何度も思ったさ。うんにゃ、いまでも思ってる」
「それなら」
「でもな・・・」

 西条の言葉を押しとどめる。左手にリストバンド代わりに巻かれたバンダナに、無意識のうちにのびた右手を引き戻す。

「きっとそんなんじゃねえんだよ。別に一人で育てられると思っちゃいねえし、アイツに操を立ててるわけでもない。もちろんアイツのことは今でも愛してるけど、俺だぜ?あふれんばかりの煩悩は健在さ」

 西条もそうだろうねと相づちを打つ。ちょっとむかつく。

「でもな、きっと親になるってそんなもんじゃねえんだ。親がいて子どもがいるんでも、子どもがいて親になるんでもなくて・・・親と子どもがいて、はじめて『親子』になるんだと思う。自分でも何いってんのかよくわかんねえけど・・・『親子』ってなそんなモンなんだよ、きっとな」
「そうか・・・親子か・・・君の話を聞いてると父親というのも悪くないと思えるな」
「ああ・・・いいもんだぜ、父親ってのは」

 絵本を読んでいる隊長とその隣で真剣に聞いている蛍。どうやらひのめちゃんは寝てしまったようだ。そんな光景を見ているとやはり母親というのは必要なんじゃないかと思えてくる。もちろん女好きなのは変わっていないし、この人だと思える人がいたなら結婚したっていいが・・・正直よくわからない。

「なあ、西条・・・」
「なにかね?」

 静かに目の前の平和な光景を見ながら言う。

「この世で一番偉い仕事ってなんだと思う?」
「偉い仕事かね?僕自身、職種に優劣をつけること自体がナンセンスだと思っているが?」
「まあな。でもあえて言うならきっと・・・」


 目を移す。夕日の絵。



「親ってのが一番えらい仕事だと思うぜ」







 

 隣で小さな寝息を立てながら眠る蛍の顔をのぞき込む。いつみても蛍の寝顔はかわいい。もちろん起きているときもかわいいが。

 結局あのあと、蛍も本を読みながら寝てしまった。そのまま眠った二人を起こさないように小声で隊長に礼を述べ、西条の運転で隊長たちは帰っていった後、ぐずる蛍をパジャマに着替えさせ、布団に寝かせた。

「二人暮らし・・・か」

 不安がないわけではない。小竜姫様やパビリオ、猿神のいた妙神山とは違ってここでは蛍と俺の二人きり。蛍に寂しい想いをさせるわけにはいかない。部屋は空いているわけだし、本気でカオスに同居をもちかけてみようかとも思っているが、それはもっと落ち着いてからの話だ。

「・・・ぱぱ・・・」

 すり寄ってくる蛍の手を握りながら、蛍を起こさないように小声で『どうした』と訪ねる。当然寝言なので返事は返ってこないが、それでいいのだと思う。

「なあ、そうだよな・・・ルシオラ」

 握りしめた蛍の手の温もりを感じたまま、自分も目を閉じる。明日の朝飯はどうしようかと考えながら。

「おやすみ、蛍」


 

 明日から親子水入らず・・・本当の意味での二人暮らしが始まる。


 

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