<育児日記3月13日>

 区切りというわけじゃない。けれど、もうそろそろ良いんじゃないかと思う。自分自身を許せる許せないではなく、きっと・・・そういう時期が来たのだと思う。俺も前を向かなくてはいけない時期が・・・。だからいいよな・・・ルシオラ?


 

 いよいよ明日は、蛍の卒業式だ。


 

宝珠師横島 〜The Jewelry days〜   


最終話   『これまでこれから・蛍の卒業式』


 

(横島 忠夫)

「ほら、パパ〜」
「なあ蛍、別にこんな高そうなとこじゃなくてもいいんじゃないか? 2着で1万円とかいうので・・・」
「もう、何言ってるのよパパ」

 蛍に引っ張って連れてこられたのは、とある紳士服ブランドのお店。

 来週に控えた、蛍の中等部卒業式に着るためのスーツを新調しに来たのだが、その値段の高さに思わず及び腰になってしまう。

「だいたい蛍の卒業式なんだから、別に俺が着飾ってもしょうがないだろ?」
「何言ってるのよ。第一、私たちは制服だから着飾りようがないし、それならパパを着飾った方が賢明でしょ?」
「そういうものか?」

 主役でない保護者が着飾ってもしょうがないと思うのだが・・・まあ、他の親御さんが着飾ってるのに俺だけが質素な格好というのは蛍が恥ずかしいのかもしれないが。


 

 六道学園中等部の卒業式は、他の公立中学校に比べていくぶんか遅い。半分以上の生徒がエスカレーター式に六道女学園の高等部へ上がるので、受験等を受ける子が少ないのがその理由らしい。ちなみに蛍も高等部・・・それも霊能科へ進むことが決まっている。


 

 手を引かれてスーツコーナーに連れてこられた俺の元に、一人の女性店員がやってきた。

「お客様、何かお探しでしょうか?」
「いえ、スーツを新調しようと思っているんですけど・・・」
「良いスーツを探してるんです。何か流行のとかありますか?」
「お、おい蛍・・・」
「いいからいいから」

 勝手に店員と話を進める蛍。

 店員が勧めたスーツは・・・上下で30万以上!

「う〜ん、もうちょっと凝った作りの方が・・・」
「お、おい蛍、こんな高いの・・・」
「何言ってるのパパ。前にパパが着てたアルマーニのスーツより大分安いと思うわよ」
「そ、そうなのか・・・」

 六道理事長にもらったスーツ、そんなに高かったんだ・・・。道理で長い間持ったと思ったら・・・。

「どうせならオーダーメイドで・・・あ〜でも日にちが足りないか〜」
「それならこれなどいかがでしょう?」
「スタイルは良いですけど、ちょっと色合いが・・・」

 なあ蛍、何でお前はそんなに男物のスーツに詳しいんだ?

「はい、じゃあこれ試着してみてね」


 

 蛍に渡されたスーツを持って、俺はおとなしく試着室に消えた。


 

(横島 蛍)

 パパが泣いたのを初めて見た、あの夏。

 あれからずいぶんたったが、パパと私の関係は全く変わっていない。


 

 もちろんいままで完璧な人だと思ってたパパの意外な一面を見てから、パパも完璧な人間じゃあないと分かったけれど、でも私の中では、パパは絶対のパパだという事に変わりはない。

 でもちょっとパパがかわいく見えるようになったけど・・・。


 

 私は今、東京タワーにいる。もちろんパパはいないので、正規のルートで展望室まであがってきている。部屋の中というのがちょっと残念だけど、まだまだ春には早いので、ガラスに包まれた展望台は、残念だけどありがたいとも思う。

「あのねママ、パパったら今までずっとアルマーニのスーツ着てたのに、全然気づかなかったんだって」

 大きな声でしゃべると、変な目で見られてしまうから、つぶやくようにしゃべる。

 ガラス張りの向こうは、東京の街並み。蛍の家は全然見えない。

「ファッションセンスは結構良いのにね〜」

 シンプルなのが多いけど、パパのファッションセンスは良いと思う。特に黒のタートルネックセーターとペンダントの組み合わせは、とっても大人という感じ。ありがちだけど誰でも着こなせる服装でないだけに、パパの格好良さが引き出されていると思う。


 

「ねえママ・・・」

 ガラスに一歩近づく。ガラスに手をつくとひんやりしていて、ちょっと気持ちが良い。

「今度、卒業式なんだ」

 明後日に控えた卒業式。都子ちゃんを含めたほとんどの友達が、高等部へ行くので卒業式と言ってもそんなに悲しいわけでも、雰囲気が重いわけでもない。もちろん高等部へは行かず、他の高校を受験する子もいるのだけど・・・。

「私ね・・・パパと同じような霊能技術者になりたいんだ・・・」

 パパには前々から言っていたこと。でもママに話すのは今日が初めて。

「パパみたいに何でも出来る訳じゃないけど・・・」

 パパはソフト、ハードの両方に精通している。それにセンスも良い。ハードだけは得意な私とは大違い。

「でも・・・パパの隣に立てるようになりたい。娘とか弟子とかじゃなくて・・・パパの隣に立てるようになりたいの・・・」

 パパの隣。そこはきっと昔、ママがいた場所。

 そこはとっても高くて、とっても狭い場所。今の私じゃ全然届かないけれど・・・。

「ママが死んじゃってから、ずっと空いたままになってるんだけど・・・」


 

 昔はよく分からなかったけど、今なら分かる。

 パパの隣・・・その場所を狙う人が大勢いることを。

 ちっちゃい頃からよく知っている人たちもいれば、よく知らない先輩たちもいる。もしかしたらお姉ちゃんたちもそうなのかもしれない。お姉ちゃんたちなら別に良いんだけど・・・。


 

「ねえママ・・・応援してくれる?」

 言葉を虚空に投げかける。

 東京タワー・・・パパが教えてくれた、ここはママのもう一つのお墓。

 返事はなくても、きっとママなら応援してくれる・・・・そう信じれる場所。


 

「・・・・・・・」


 

 返事は帰ってこない。

 夕日が見れるまではまだ時間がかかる。でも暗くなる前に帰らなくちゃいけないから、夕日を見ている時間はない。

 それがとても残念で・・・そしてほっとする。


 

 やっぱり夕日はパパと一緒に見たいから・・・。


 

「ママ・・・」

 ガラスから手を離し、背筋を伸ばす。

 地面に近づく太陽に向かって頭を下げる。ママに向かって、頭を下げる。





 

「生んでくれて、ありがとうございます・・・」





 

 いよいよ、卒業式だ。








 

(横島 忠夫)

「・・・・良し」

 シワ一つないシャツ。完璧だ。

 アイロンのスイッチを切ってから、Yシャツをハンガーに掛けつるしておく。その横には結局前のと同じようなスーツ・・・もちろんブランド品の・・・が物の良さそうなハンガーにつるされている。

 アイロンをアイロン台ごと部屋の隅に押しやり、ソファに身を沈ませる。

 先ほどまでテレビを見ていた蛍は、自分の部屋に戻って行った。きっと蛍も自分の準備をしているのだろう。


 

 左手を掲げる。その手首には、リストバンド代わりにしているバンダナ・・・人前はおろか蛍の前ですら、あまり外したことのないバンダナが巻き付けられている。

 いつでもどこでも巻いているこれ。昔はよく蛍にどうして巻いているのか聞かれたりした。今でも初めてあった人には聞かれることが多い。そのたびに俺はこう答えてきた・・・『お守り』だと。

 『お守り』・・・それは決して間違った表現じゃない。しかしもっと適当な表現があると思う。


 

 それは『戒め』だろう。


 

 俺自身を縛り付けるための物。俺の命をつなぎ止めておく物。俺の罪を忘れさせないための物。だから・・・これは『戒め』。


 

「もう・・・良いかな・・・?」

 先ほどの問いをもう一度つぶやく。

 出すべき答えはもう出ている。だからこれはただの確認作業。

「そうだな・・・」

 震えそうになる手を押さえつけ、結び目をほどく。


 

『シュル・・・シュル・・・』


 

 15年間、それこそ風呂にはいるとき以外は外さなかったバンダナ。それがほどかれていく喪失感は、しかしそれほどない。それはきっと俺が前を向き始めている証拠でもあり、俺が忘れ始めているという証拠でもある。


 

 あらわになった左手を電灯にかざす。

 そこに現れたのは、傷一つない自分の手。ずっとバンダナを巻いていたせいで、他の肌よりも日に焼けていない、俺の手首。

 しかし俺は覚えている。所々あやふやでも、覚えている。

 カミソリで切り裂いた痕。包丁で貫いた痕。霊波刀で切り落とした痕。そして自分の歯で食いちぎった痕。

 文殊やヒーリングによって完全に癒されてしまった手だが、脳裏にしっかり焼き付いている。あのあふれ出た血と、手に残る肉を切る感触と、口に広がる血の味を。


 

 なのに俺は、痛みを全く覚えていない。


 

 カミソリで切り裂いた痛みも。包丁で貫いた痛みも。霊波刀で切り落とした痛みも。そして自分の歯で食いちぎった痛みも。


 

「よっぽどおかしかったんだな・・・あの時の俺は」

 そして蛍が生まれてから縛り付けたバンダナ。それは決して蛍を一人にはしないという『誓い』であり、生き続けるという『戒め』が込められている。きっとあの時の俺は、知らないうちに死を選んでしまいそうだったから。


 

 右手に握られた、薄汚れたバンダナ。いつか自分が額に巻いていたのと、全く同じデザインのバンダナ。

 いったい買い換えたのはいつの時だっただろうか?少なくともこの半年は、このバンダナを使い続けていると思う。

「わりいな・・・お疲れ様・・・」

 最後になるだろうバンダナと、そして俺を戒めて続けてくれた何枚ものバンダナに向かってつぶやく。もうすっかり色あせてしまった記憶の果て、はじめて俺を導いてくれたバンダナに宿った友人にも届くように。

 バンダナを広げる。買ったときからずっとたたまれていたせいで、そこには折り目の跡がきっちりと残っている。

「最後くらい、キレイにしてやんないとな」

 部屋の隅に押しやったアイロン台をもう一度手元に引っ張ってくる。まだアイロンは熱を持っていたけれど、もう一度電源をいれ温め直す。

『シュワー』

 蒸気の漏れる音と湯気の香り。コテが通るたびに、バンダナに刻まれたシワが伸ばされている。


 

 のばす、のばす。


 

 別に跡が消えていっているわけではない。ただ、のばされているだけ。しかしそれでもキレイにのばされたバンダナは、まるで新しくなったような印象を受ける。たとえ多少薄汚れていたとしても。


 

 いよいよ蛍の卒業式。

 明日は、このバンダナをハンカチ代わりに使おうと思う。


 

 それで最後だから。









 

(横島 蛍)

「蛍、準備は出来たのか?」
「うん!」

 新品のブラウスに、いつもの倍の時間をかけてアイロンがけしたプリーツスカート。制服はほこりを払っただけだが、それでも何となくピシッとした気分になる。

「俺は9時ちょっと前に行くからな」
「わかった」

 卒業生の集合時間が8時半。保護者の人たちの集合時間は9時。だからパパと一緒に登校することが出来ないのは残念だ。

 玄関の姿見で最終チェック。うん、完璧!

 最後に鏡に向かってにこっと笑うと、顔を引き締めて振り返った。


 

「パパ・・・」


 

 こんな事を言うのは気恥ずかしい。ママにはすんなり言えたんだけど・・・やっぱりパパだからかな?

 でもこれは伝えなきゃいけないこと。だから勇気を出す。







 

「その・・・いままで育ててくれて、ありがとうございます!」






 

 赤くなる顔を隠すように、頭を下げる。


 

「えっと・・・いや・・・その・・・どういたしまして」

 顔を上げる。目の前には照れたように頬をかくパパ。その目がちょっと潤んでいる気がするのは、気のせいかな。

「じゃ、じゃあ行ってきま〜す!」

 逃げ出すように飛び出す。今日は卒業式だけだから手ぶらで良い。

 まだ冷たい朝の空気が、ほてった頬を冷やしてくれる。

 恥ずかしかったが、でも言えてほっとする。パパとママがいて、だから私が今ここにいるのだから。


 

 本当にありがと・・・パパ、ママ。









 

(横島 忠夫)

「パパ〜!」
「卒業おめでと、蛍」

 いつもよりほんの少しピシッとした制服に身を包み、胸にカーネーションを一輪さして駆け寄ってくる蛍に声をかける。

「ありがと、パパ!」

 見ると向こうの方で都子ちゃんや蛍の級友と思われる女の子たちがきゃいきゃいと話している。

「いいのか、友達を放っておいて?」
「うん、先にパパと写真とろうと思って」

 蛍はそう言うと、俺の手を引きながら校章の刻まれた石碑の前に連れて行った。

「まったく、しょうがないな・・・」

 思わず浮かんだ苦笑をかみ砕き、近くにいた他の保護者の人にシャッターをお願いする。


 

「ほら、パパ!」

 俺のうでに自分の腕を絡ませ、とびっきりの笑顔をカメラに向ける蛍。俺も苦笑を浮かべながら、カメラのレンズを見る。

「えっ・・・ど、どうして高等部の横島先生がこんなとこにいるの!?」
「ん?あれはB組の横島さん・・・横島・・・えっ、ちょ、どういうこと?」
「何かよく分かんないけど、シャッターチャンスよ!シャッターチャンス!!」
「あっちゃ〜ついにバレちゃったか〜・・・蛍、私はフォローしないからね・・・」

『パシャリ』

 シャッターの切れる音。目をつぶったりはしていないはずだ。

「どうもすみません」
「い、い、いえ、そんな私も良い経験を・・・」

 気のよさそうな保護者の人からカメラを返してもらう。

「それじゃあパパ、私は都子ちゃんたちの所に行ってくるから!」
「じゃあ俺は先に帰ってるからな。夕方には戻れよ?」
「うん!じゃあね〜」

 そう言って走ってゆく蛍。


 

「卒業・・・か・・・」


 

 空はカラリと晴れ渡り、まだ寒さの残る空気を太陽が優しく暖めてくれる。


 

 思い出すのはこれまでのこと。

 蛍が生まれ、そして蛍と共に過ごしてきた日々。それはなんでもない日々の積み重ね。しかし俺の脳裏に鮮明に焼き付けられている、そんな薄っぺらい毎日が、今この瞬間を作っている。

 それはとても不思議で、そして当然のこと。


 

 そして思うのはこれからのこと。今まで積み重ねてきた日々が作る、今この瞬間から、間違いなく続いている未来。


 

 分かっている。

 いつか・・・本当にいつか・・・蛍が俺の元を去るときが来るのだろう。親とはそう言う物だと分かっているつもりだ。例え寂しくても、辛くても、子どもから離れなければいけない存在だと言うことを。けれど、そんな寂しい日々が訪れることなど想像出来ない。


 

 いつまで続くか分からない、蛍と共に歩む日々。

 しかしそんなちょっとしたことで崩れてしまう日々だからこそ、俺はそんな日々を大切にしたいと思う。


 

 これまでと同じように・・・。


 

「ん〜、良い天気だな・・・」

 伸びをする。空は果てしなく青く、太陽にかざされた左手にバンダナはない。

「さ、帰って準備しますか」

 この後、夕方から魔鈴さんのお店で蛍の卒業祝いをする予定。パピリオたちも何とか間に合うと言っていた。

 家に向かって歩く。

 結局ポケットにいれられたバンダナが使われたのは、蛍が家を出た後の、一度きりだった。











 

<育児日記  月  日>

 蛍へ。

 いつかお前がこの日記を見る時が来るかもしれない。だからその日のために、この最後のページを使おうと思う。

 物覚えの悪いパパだけど、お前が生まれたときのことだけは、はっきりと覚えている。

 あの時のパパは、ママがいなくなったショックで、何もかもどうでもいいと思っていた。ママの後を追って、死のうとさえ思った。目の前が真っ暗で、ただ呆然とすることしかできなかったんだ。

 そんな世界が終わってしまったような状態のパパの耳に、たった一つ聞こえてきたのが、蛍の泣き声だった。あのおとなしい蛍から考えられないような、まるで火がついたような大きな声で、蛍が泣くんだ。その泣き声が、『ひとりぼっちにしないで!私をおいてかないで!お願い、行っちゃやだ!行っちゃやだよ!!』って言ってるみたいで・・・それでパパは目が覚めたんだ。ああ、俺には蛍がいるんだって。蛍を残しちゃ、死んでも死にきれないなって。

 覚えてないだろうな・・・。蛍はちっちゃい頃、ものすごく体が弱くてな。何度も何度も40度を超える熱を出したりしたんだぞ。その度にパパやお前の姉さんたちは夜中に開いてる病院を探して、それこそ蛍を抱いてかけずり回ったんだぞ。本当にあのころは、蛍がただ健康でいてくれることだけが、パパの願いだったんだ。

 そんな蛍も小学校に上がる頃にはすっかり元気になって・・・ああ、本当に良かったなあって、パパは心の底から安心したんだぞ。

 なあ蛍。パパは、蛍が自分のやりたいことを見つけてくれればいいと思ってる。きっとこれから、将来のこととか、色々悩むことがあると思うし、辛いことや、泣きそうになることもあると思う。『後悔しないように生きろ』なんて言うつもりはない。パパの若い頃なんか、後悔ばかりしてたから。でも、前を向くことだけは、やめないで欲しい。時々振り返ってもいいからさ。

 きっといつか・・・蛍もパパから離れて行っちゃうときが来ると思う。鳥の雛が巣立って行くみたいに、蛍も自分の足で立って歩かなくちゃいけないときが、必ず来る。でも『自分はひとりぼっち』なんて思わないで欲しい。例え離れていても、パパもママも必ず蛍の側いるから。蛍は、パパとママが愛し合って、みんなに望まれて生まれてきたんだから。


 

 愛する、世界でたった一人の愛娘へ。


 

 パパより。







 

(横島 忠夫)

「ふう・・・」

 ペンを置く。

 蛍の健康管理のために、そして自分の思いのたけをはき出すために、付け始めた育児日記。そのうちそれはただの日記になっていき、気がつけば、ふとしたときに思ったことを綴った日記帳になってしまった。

 今自分が書いた、最後のページを見る。

「らしくないことをしたもんだな・・・」

 蛍にあてた、手紙。きっと読まれることはない、手紙。

 それでも綴った文字は、間違いなく俺の本音だ。


 

『パラ・・・パラ・・・』


 

 過去をさかのぼってゆくように、ページをめくる。分厚い日記帳だが、ふとしたときに書き綴っていたせいで、使い切るのに15年もかかってしまった。

 薄汚れた日記帳。表紙の『DIARY』の文字も、なんだかかすれてしまっている。


 

『パラ・・・パラ・・・』


 

 めくる。

 当然日付はバラバラ。ひどいときなど一月以上、間があいているページもある。


 

『パラ・・・パラ・・・』


 

 書き綴られた、日々。そこに蛍が出てこないページはほとんどない。それは俺と蛍が、寄り添って生きてきたことの証明であり、俺がいかに蛍に支えられて生きてこれたのかがよく分かる。


 

『パラ・・・パラ・・・』


 

 思い出す、これまでの日々。色あせてもなお、俺の心に残る日々。


 

『パラ・・・パラ・・・』


 

 想い出す。蛍と共に歩んできた、この15年間。

 そして・・・


 

『・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・パラッ』








 

<育児日記 4月6日>

 決まった。『蛍』・・・・この子は・・・『横島 蛍』だ。



 

 にじんだ字でそう書かれた、最初のページ。泣きながら書いた、始めの一文。


 

「・・・・・」

 思わず笑みが浮かぶ。蛍が初めて『蛍』になった日。ああ、本当に懐かしい。

 ぱたりと本を閉じ、その表紙を撫でる。

 もう、日記を書くのはやめようと思う。手紙で蛍にああ言った手前、俺が前を向かないわけにはいかないし、それになにより、俺と蛍の思い出は、日記帳なんかに書ききることなんて出来ないから。


 

 薄汚れた日記帳。表紙の『DIARY』の文字もかすれてしまった、古い日記帳。

 しかしこの日記帳に込められた思い出は、決して色あせることはないだろう。俺と蛍と、そしてルシオラの『想い出』が詰まった、日記帳なのだから。


 

 ポケットからバンダナを取り出し、最後のページに挟む。こうすれば、もしかしたら蛍が見つけてくれるような気がして・・・。


 

「さて・・・寝るか・・・」

 夜も大分更けた。きっと蛍も良い夢を見ながら、寝ているだろう。


 

 一番下の引き出しを開け、日記帳をその一番奥にいれようとして・・・ふと手を止める。


 

 かすれた『DIARY』の文字。


 

 だからペンで、その『DIARY』のすぐ上に書き込む。かすれた『DIARY』よりも、きっとこの方がふさわしいから。







 

 それは輝ける想い出。







 

 それはまるで宝石のような日々。








 

 蛍と俺との・・・・・・







 

              ------ Jewelry days -----

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