<育児日記4月16日>

 今日初めて下界に連れてきた。
 きょろきょろと物珍しそうにしていたが、不安なのか俺の手をずっと握りしめていた。美神さんたちに会わせてみたが、やはり人見知りをする。何とかおキヌちゃんには懐きそうだが、それ以外の人とはもうしばらくかかりそうだ。早くみんなと仲良くなってくれればいいと思う。


 

宝珠師横島 〜The Jewelry days〜  


第1話 『横島帰還・お披露目』


 

(横島忠夫)

「おぉ、ここに来んのもひさしぶりだなぁ〜。何せ7年ぶりか・・・まあみんなにとっちゃ1年なんだろうけど」

 久しぶりに見た『美神除霊事務所』におもわず声を上げる。なんせ体感時間7年ぶりなのだ。とはいえ自分の記憶している事務所の姿と目の前の事務所との間に違いは全くない。逆に7年も経ている自分の記憶にある事務所の姿が風化していなかったことがうれしかった。

「・・・パパ?」

 くいくいとズボンが引っ張られる感じがして足元を見る。しばらく動かなかったのが気になったのだろうか、不思議そうな顔をして見上げてくる。「ん、なんでもない」といいながら頭をなでるとくすぐったそうに眼を細めた。

「さあ入るぞ、蛍」
「・・・・・(コクン)」


 

(渋鯖人工幽霊壱号)

 本来建物である自分にとって、自分の中が落ち着いた雰囲気なのは歓迎すべきことだ。もちろん寂れていくのは一度体験しているので遠慮したいが、ちゃんと手入れがされ・・・私の場合は霊力が供給されること・・・穏やかに使ってもらえるのがもっとも好ましい。そう、もっとも好ましいはずなのだが・・・それでも物足りないと思ってしまうのはおかしいのだろうか。

『・・・・・!?』

 結界内に入ってきた霊波が二つ。一つはよく分からないが、もう一つは自分が間違えることはない。

『いったいこれはどういうことなのでしょうか?』

 彼に問いかけてみようかとも思ったが、自分が聞くよりもオーナーに報告することが先決だと判断する。もちろん彼ならば、私が聞いてもちゃんと話してくれるだろうが。

『オーナー、お客様が見えられたようです』

 以前のような派手なボディコンルックとは違い、シックなパンツルックで決めた亜麻色の髪の主に報告する。ちなみにまだ制服姿の黒髪の少女は台所。銀髪に紅いメッシュの入った少女と金髪を独特のナインテールに結った少女はまだ学校から帰ってきていない。

「なに、人工幽霊・・・客?」
『客かと問われれば私も自信がありませんが、訪問されてみえたことは間違いないかと』
「・・・やけにあやふやね?」
『もうし訳ありません』
「・・・まあいいわ。それでどんな人?」
『それは・・・』

「ちわ〜横島忠夫、ただいま戻りました!」
「よ、横島くん!」
「・・・・横島さん!」

 どちらの声に反応したのかは分かりませんが、おキヌさんも一瞬でキッチンから出て見えました。

「こ、こらヨコシマ!アンタ一年も連絡しないで何やってたのよ!」

 トレードマークだったバンダナこそしていませんが、それは紛れもなく一年ほど音信不通だった横島さんです。
 一瞬でオーナーの右手が霞む。横島さんに「世界をねらえる」と言わせた伝説の右が・・・届く前にぴたりと止まりました。オーナーもおキヌさんも気が付いてなかったようですね。

「・・・・・ん?」
「あの〜横島さん、その子はいったい?」
「え?ああ、紹介するよ。・・・ほら挨拶しなさい」

 横島さんの足にしがみつきながら、隠れるようにオーナーたちを見ていた幼女がおずおずと前に出る。

「・・・よこしま・・・ほたる」

 そう言うとまたすぐに横島さんの陰に隠れてしまいました。人見知りの激しい子なのでしょうか?それはともかく・・・

「すいません、人見知りが激しくて。とにかくこの子は横島蛍・・・俺の娘です」

 慈愛の満ちた表情でそうおっしゃられた横島さん。オーナーとおキヌさんは固まっておられるようです。








 

(横島忠夫)

「さて、横島くん。詳しい話を聞かせて貰いましょうか?」
「は、はあ」

 美神さんの声に見え隠れするトゲトゲしさに思わず冷や汗が流れる。ちなみに蛍は俺の膝の上に横向きに腰掛け、俺の胸に顔を埋めている。怖いもの見たさで時々ちらちらと美神さんの方を盗み見ているが、俺のシャツをしっかりと握りしめて離そうとはしない。

「まずその子が横島くんの子供って言うのは・・・ホントなの?」
「・・・はい、間違いなく俺の娘です」

 一年ぶりに顔を見てみれば4、5歳の子供連れ。誰だって疑問に思うと思う。美神さんの隣に腰掛けたおキヌちゃんも怪訝な顔をしている。でも誰がなんと言おうとこの子は俺の子供だ。それだけはきっぱりと言える。

「そう・・・」

 美神さんは息を吐くとソファに背中を預ける。てっきり激しく追求されるかとも思ったが・・・

 しばらく目を閉じた後、美神さんは鋭くにらんできた。おもわず眼をそらしたくなる気持ちを抑えつけ、じっと美神さんを見つめる。

「詳しい話は・・・聞かないでおくわ・・・」
「・・・すんません」

 蛍のせいで頭を下げることが出来なかったので、目礼を返す。

 おキヌちゃんがそんな美神さんの言葉に驚いて、美神さんに向かって視線で問いつめる。だが美神さんはそんなおキヌちゃんの無言の追求をやんわりとかわしながら、小さくため息をついた。

「どういういきさつかは知らないわ。でもその子・・・蛍ちゃんだっけ?『あの娘』にそっくりだわ」
「ははっ、父親に似なくて良かったですよ」

 美神さんの言葉におキヌちゃんもはっと気づく。

 癖の全くない黒髪にぱっちりとして少したれ目な瞳。眉毛当たりには俺の面影もあるが、それ以外のパーツは間違いなく『あいつ』譲りだ。そして美神さんもおキヌちゃんも『あいつ』に会ったことがある。

「え・・・でもそんな・・・だってルシオラさんは」
「おキヌちゃん」

 おキヌちゃんの言葉を遮る。

「蛍は間違いなく俺と『あいつ』の・・・ルシオラの子供で、俺の大切な娘なんだ。・・・それじゃダメかな?」

 困ったように頬をかく。自分でも恥ずかしいセリフだと思うが、おキヌちゃんには分かってほしい。

 沈黙が部屋を満たす。正直シリアスは苦手なのだが・・・とりあえず左手で蛍の頭をなでてやる。

「そう・・・ですよね。ごめんなさい変なこと言って。蛍ちゃん、お姉ちゃんはおキヌって言うの。仲良くしようね」

 俺のそばで膝をついて、蛍に目線を会わせながら手を伸ばす。

「ありがとう、おキヌちゃん。ほら蛍、お姉ちゃんが握手しよって」

 おずおずと手を伸ばす蛍。おキヌちゃんも怖がらせないように自分からはそれ以上手を伸ばさず、ほほえみながらじっと待っている。

「・・・・ん」
「よろしくね、蛍ちゃん」

 蛍の小さな手をそっと握り、軽く上下にふる。おキヌちゃんのほほえみにつられて蛍もポヤっと笑ったが、やはり恥ずかしいのかすぐに手を離し、俺の胸に顔を埋ずめてくる。それでも顔見知りの激しい蛍が、初対面で握手までいったのだ。さすがはおキヌちゃんだと思う。ヒャクメなんか半年もさわらせてくれなかったのに。

 恥ずかしそうにする蛍の背中をぽんぽんとたたいてやる。

「ず、ずいぶん雰囲気が変わったわね横島くん」

「そうっすか?」

 小竜姫様たちからもそんなことを何度も言われたが、俺には全く自覚はない。

「そういえばシロとタマモはどうしたんすか?」
「アイツらならアンタがいなくなって面倒見るヤツがいなくなったから、そろって六道学園の中等部にたたき込んでやったわ」
「は、はあ・・・」
「多分もうすぐ帰ってくると思うんですけど・・・」

 高等部のおキヌちゃんがもう帰っているなら、中等部のアイツらももう帰ってくるだろう。

 しかしアイツらにはどう説明したモンかな・・・。


 

「そ、そんな・・・先生の裏切り者!」
「いやなんでそうなる」

 蛍を見たシロの開口一番のセリフに冷静につっこむ。別に誰も裏切ったつもりはないぞ?

「ふ〜ん、ヨコシマの隠し子ねぇ・・・」
「いやだから隠してねえって」

 タマモはタマモで冷静に蛍を見ている。ちなみに蛍はずっと膝の上だ。

「先生!なぜでござる!奥方が居ながら・・・拙者の心を弄んだのでござるな!」
「なんでやねん」
「スケベそうな顔して意外に淡泊だと思ってたけど、やっぱりやることやってたって訳ね」
「ってしまいにゃ怒るぞ」
「はいはい、その辺にしときなさい」

 収拾がつきそうにないので美神さんが止めに入る。

「ほら、横島くん」
「この子は横島蛍。正真正銘俺の実の娘だ」
「・・・ホントにヨコシマの子供だったんだ」

 タマモが目を丸くして言う。全然俺の言うこと信じてなかったのかよ。

「じゃあ、母親は誰なの?ミカミやおキヌちゃんじゃ無いんでし・・・・な、なに?何か地雷ふんだアタシ?」

 場に沈黙が降りる。左手にリストバンド代わりに巻いたバンダナを握りしめる。蛍が生まれて・・・アイツが本当の意味で居なくなって7年・・・一応振り切ったつもりなんだが、さすがに直接聞かれるときつい。

「まあなんつーか・・・蛍は「アイツ」の忘れ形見でな・・・」
「ヨコシマ・・・」
「先生・・・」

 場の雰囲気が暗くなる。

「おいおい、そんなに暗くなるなよ。ほら蛍、このお姉ちゃんたちにもあいさつしなさい」
「う?」

 膝の上で首をかしげる蛍。かわいい。

「ヨコシマ・・・その・・・ごめん」
「・・・スマンでござる」
「ん、別に気にすんな。それよりお前らも自己紹介してくれよ」

 蛍を身体ごと横に向ける。こうでもしないとずっと俺にしがみついてるからな。

「・・・そうでござるな。蛍殿、拙者お父上の一番弟子、人狼族が犬塚シロと申す」
「アタシはタマモ。一応金毛九尾白面の狐よ。ヨコシマとは・・・まあ同僚かしら?」
「・・・う?」

 5歳の蛍に今の自己紹介はないだろ。
「・・・わんわん?こんこん?」
『ピシッ!』

 予想外の蛍の言葉。そう言えば妙神山でいろんな絵本読ませてたからなあ・・・

「ほ、蛍殿・・・せ、拙者は狼でござるぅ」
「そ、そうね・・・確かに私はしょせん狐よ」
「あ〜すまん。何か気に入ったらしい・・・」
「「そ、そんな(涙)」」

 スマン二人とも。蛍の情操教育のために我慢してくれ。


 

「とにかく横島さんとまた一緒に仕事が出来ますね」
「そうね、アンタなんかでも居ると居ないとでは大違いだもの」
「サンポ、サンポ!先生、またサンポに行くでござる!」
「ヨコシマがいない間、アタシとシロが荷物持ってたんだからね」

「そのことなんすけど・・・俺GSやめようと思ってるんす」
「「「「えっ!?」」」」

 言いにくいけど、言わなきゃダメだよな。

「そんな横島さん、あれだけ苦労してとったのに」
「先生、なぜでござる!」
「何でなの、ヨコシマ?」
「扶養家族が居るなら時給あげてあげてもいいけど・・・そういった訳じゃないみたいね?」

「・・・はい」

 妙神山にいるとき、俺は老師に鍛えてくれるように頼んだ。今度は失ったりしないよう、今度は守りきれるように、強くなりたいと。そうしたら老師は俺にこう聞いた。

『お前の守りたいものはなんじゃ?』

 俺はすぐさま「蛍」だと答えた。

『厳しい修行じゃ。命に関わるかもしれん。それでもか?』

 俺は首を縦に振った。もうあんな魂を引き裂かれるような思いはしたくない。今度こそ大切な者を守れるようになりたいのだと。

『お主は失う悲しみを知っているのに。娘に同じ悲しみを与えるのかもしれないのに・・・それなのに命をかけるなどと言うのか?』


 

・・・頭を思い切りぶん殴られた気分だった。

 それまで俺は『守ること』は『戦うこと』だと思っていた。力を得れば守れると。それは確かに本当なのかもしれない。でもだからといって、そればかりが守ることではない。俺は父親として、何よりまず蛍を悲しみから『護』らなければいけないと言うのに。

「GSには危険がつきものっす。親を・・・大切な者を失うような、あんな悲しみ・・・蛍にはそんな思いをさせたくないっすから・・・」

「そうね・・・」
「そうでござるな・・・」

 俺の言葉に4人、特にシロと美神さんが目を伏せる。二人とも親を失った経験があるだけに、痛いほどその気持ちが分かるのだろう。

「でもそれなら横島さん、これからどうするんですか?」
「そういえばアンタ高校の方も退学になってるんでしょ?」

 ちゃんとその対策もしている。どうでもいいが高校退学になったこと・・・お袋たちになんて言おうか・・・。

「それなんすけど、まずみんなにコイツを」

 懐から小箱を4つ出し、みんなに渡す。

「なんなのこれ・・・ペンダント?」

 そこに入っているのは銀色の鎖に色違いの鉱石の付いたペンダントだ。美神さんには燃えるような紅い鉱石。おキヌちゃんにはマリンブルーの鉱石。シロにはあわいグリーンの鉱石。タマモにはライトイエローの鉱石が付いている。形は美神さんとシロが精霊石のような涙滴型、おキヌちゃんとタマモが水晶のようなクォーツ型だ。

「それはみんなにプレゼントだから」
「えっ、いいんですかこんな高そうなもの!?」
「いいのいいの、気にせずに貰ってよ」

 おキヌちゃんは恐縮しているようだ。他の三人も見習ってほしい。

「それにしてもヨコシマ、なんなのコレ?ほんのちょっとだけど霊気の気配がするけど・・・」
「私はなんにも感じないわよ」
「人間じゃあ多分わからないと思うわ。シロ?」
「くんくん・・・確かにほんのかすかに霊気が漏れているような感じでござる。しかしこの霊臭、どこかで嗅いだことがあるのでござるが」

「ふーん、わかんないの?」
「なんだと、それならお前は分かるのでござるか!」
「当たり前でしょ、このバカ犬。といってもやっと分かったんだけど・・・ヨコシマ、これは文殊ね?」

「正解だタマモ」

 さすがタマモ。こういったことに関する感覚はピカイチだ。

「確かにこれは先生の文殊の霊臭でござるな」
「でも文殊とは形も色も全然違うじゃないの?」

 驚いた表情を浮かべる美神さんたち。サイズ自体は文殊と変わらないが、薄緑色で透明度のない文殊と違って、それぞれ色が違うし形も違う。それにルビーやサファイアのように透き通った透明感がある。

「そいつの名前は『宝珠』。妙神山で修行しているときに開発したんだけど、文殊をもう一段階加工したモンなんだ。シロ、これを文殊と同じように使ってみろ?」

 懐から先ほど美神さんたちに渡したような涙滴型の宝珠・・・精製度は悪い・・・を渡す。

「こうでござるか?」

 シロが念を込める。しかし・・・

「何も起こらないでござるよ」
「そう、文殊と違って宝珠は念を込めたりすることは出来ない。でも・・・」

 手のひらにサイキックソーサーを作り出すとシロに向かって投げつける。

『ばしゅぅぅ』

「「「「えっ!?」」」」

 しかしシロに当たる手前で、サイキックソーサーを遮る防護壁が出来る。しかもそれは近くにいた美神さんたちを含めた4人全て覆うほどの大きさだ。

「宝珠っていうのは文殊を精製した上で呪式を書き込んで、さらに強固な霊殻で覆ったものなんです。だから念を込めたり呪式を後から書き換えたりは出来ないんすけど、逆にいままでイメージに頼っていた部分を呪式で補うことが出来るんです。ちなみに威力は文殊のちょっと上ってとこですね」

「でも横島さん、それなら文殊の方が便利なんじゃありませんか?」

 確かにその通りだ。文殊なら一文字に限定されるものの、自由に書いたり発動できたりするので汎用性は高い。しかし逆に言えばその汎用性こそが文殊の最大の欠点でもあるのだ。どうやら美神さんはだいたい俺の言いたいことを理解してくれたらしい。

「なるほど、考えたわね横島くん。おキヌちゃん、文殊の最大の欠点ってなんだと思う?」
「えぇっと・・・一文字しか入れれないことですか?」
「そんなのは欠点とは言えないわ。文殊の欠点・・・それはある程度の霊能があれば誰でも使えてしまうことよ。そうね、横島くん?」

「そうです。おキヌちゃん、考えてみてくれ。もしも悪人に文殊がわたってしまって、しかもそいつが霊能力者だったら・・・文殊を使えばはっきり言って何でも出来る。ばれないように銀行に忍び込むことも。人知れず人一人消し去ることも。」
「そうね、だから基本的に文殊をむやみにばらまくことは出来ない。でも宝珠なら違う」

 さすが美神さん。

「そうっす。宝珠なら例え霊能力者でも、作った人間・・・つまり俺以外に霊殻を破ることは出来ません。神魔族とかだったら破ることは出来るかもしれないっすけど、それだと中の核の部分まで壊れちゃいますから。」
「だけどあらかじめ入れといた呪式の効果は発揮できる・・・てわけね」
「その通りだ、タマモ」

 おキヌちゃんもだいたい俺の言わんとしていることが理解できたようだ。シロは・・・まあほおって置こう。

「しかも込める呪式や霊殻によって色や形を好きに変えることが出来るんで」
「なるほど、これなら絶対に売れるわね」

 美神さんが笑みを浮かべる。これは何か金儲けをたくらんでいる眼だ。

「ねえ横島くん。今なら私があるだけ一個2万円で買い取ってあげるわよ」

「バカなこと言ってるんじゃありません、令子!」








 

(美神美智恵)

「げ、ママ!」
「あっ、隊長お久しぶりです」

 座っていた横島くんが膝の上にいた女の子・・・蛍ちゃんね・・・をわざわざ抱き上げて挨拶をする。あらあら、そういうところは相変わらずね。

「元気そうね横島くん、話は聞かせて貰ったわ。令子、いい加減にしなさい」

 それにしても全くこの子は。どう考えても横島くんの宝珠には精霊石以上の価値がある。それを一個2万円・・・相場の1000分の1とは我が娘のがめつさにはあきれてしまう。

「横島くん、令子なんかに売ったら大損よ」
「ちょ、ちょっとママ!」
「黙りなさい!」
「・・・は、はい」

 しょうのない子ね。それはともかく。

「この子が蛍ちゃんね。初めまして蛍ちゃん、この子ひのめっていうの、仲良くしてあげてね?」

 もう一歳半になるひのめはある程度歩けるようになり、誰に似たのか目を離すとすぐ勝手にどこかに行ってしまう。

「にーに?」
「おう、ひのめちゃん大きくなったなあ。ほら蛍・・・」
「よこしま・・・ほたる・・・です」
「よかったわねひのめ、お姉ちゃんができて」
「ねーね?」
「ほら蛍、お前もお姉ちゃんになるんだぞ」

 どうやらひのめも蛍ちゃんを気に入ったようね。さてそろそろ仲間はずれにされてむくれている、そこの大きな子共たちの相手もしましょうか。

「とにかくその宝珠だったかしら、それはどう考えても精霊石と同じ・・・いえ、それ以上の価値があるわ」

「はあ、一応小竜姫様やヒャクメからもそんなこと言われたんすけど・・・とにかくこれを売って生活できれる程度の値段ならいくらでもいいんですけど・・・」

 はあ、全くこの子は・・・過小評価にもほどがあるわね。

「ちなみに宝珠は一つどのくらいで出来るのかしら?」
「そうっすね・・・彫金も含めて1週間で一個ってとこです。それ以上早く作ると精製度が落ちて濁った色になっちゃいますんで」

 つまり一年でよくて50個程度といったとこかしら。それなら精霊石の価格が暴落したりすることはないわね。

「そうね・・・やはりものがものだけに徹底した管理が出来る方がいいわ。あまり貸しは作らない方がいいんだけど、先生・・・六道のおばさま当たりを頼った方がいいわね」
「そうっすか。いや〜正直どうやって売るのかさっぱりだったもんで助かりました」
「そのくらいかまわないわ。これからもウチの娘2人がお世話になるだろうし」
「それでもありがとうございます」

 まったく、横島くんのこういった態度は令子にも見習ってほしいわ。ひのめは教育を間違えないようにしなくちゃ。

「そうそう隊長にもこれを・・・」

 そういって横島くんがくれたのは令子のよりいくぶんオレンジがかった宝珠。

「あら、こんなもの本当に貰ってもいいの?」
「ええ。それとひのめちゃんにも」

 そういうと私達のと違ってなんの加工もされていなく、原石のままの宝珠を取り出した。

「はい隊長、これをひのめちゃんに。念力発火を『禁』ずる呪式がかきこんでありますから、よほどのことがない限り多分20年くらいは持つと思います。ひのめちゃんが大きくなったらペンダントなりブローチなりに加工し直しますから」

 横島くんから渡された私と令子のちょうど中間の色・・・緋色の宝珠を見て、おもわず鼻の奥がつんとなる。

「本当にありがとう・・・横島くん」

 念力発火封じなどといった、ひのめにしか使わないようなものまで作っていてくれるなんて。きっとこれはひのめの宝物になるわね・・・おそらく一生の。

「ちなみにヨコシマ、あたしたちのはどんな効力があるの?」
「ん、基本的にひのめちゃんの以外は『障壁』だぞ。と言っても本来なら一定以上のダメージに対して自動的に発動するように組むんだけど、みんなにあげたのは任意に発動するタイプだけどな」
「つまり好きなときに展開できるってわけね」
「自動障壁でもよかったんすけど、みんなにはそっちの方がいいと思いまして・・・」

 たしかにGSである令子たちには、下手に自動で展開されない方がありがたいわね。

「一応ひのめちゃんのも万が一を考えて自動障壁を組み込んでありますけど、どうしても『禁呪式』をメインにしてありますから、さっき使ったみたいな劣化品程度の力しかないですね」
「そ、そんなこともできるの?」
「さすが先生でござる!」

 どうやら単なる文殊の発展系というわけではないようね。

「さっきから出てきますけどその『呪式』っていったいなんなんですか?」
「俺もうまく説明できないんだけど・・・『呪式』っていうのは要するにプログラムかな。破魔札や吸引符を考えればいいんだけど、たとえば破魔札なら『霊気を込められて発動させられたら霊力に一定の破魔の効果を付加させて放出する』っていうプログラムが書かれてるんだ。そのプログラムのことを『呪式』とか『術式』とかいうんだ。・・・まあ老師の受け売りなんだけど」
「それじゃあ、どちらというと『符術』に近いのかしら?」

 横島くんの説明からすると霊能力と言うより、霊的アイテムに近いってことなのかしら。

「そうっすね。一応使ってる『呪式』も道教の『符法』と密教系の『法陣』を組み合わせたもんらしいんで」
「か・・・簡単に言ってくれるけど横島くん、もはやそれは『仙術』よ」

 令子の言うとおりだ。まったくこの子には本当に驚かされる。









 

(横島忠夫)

「そういえば横島くん、これからどこに住むつもりなの?確かあのアパート引き払ったんでしょ?」
「それなんすけど、どこかに自宅兼工房を作りたいんですけど、なんかいい物件ありませんか?」

 ひのめちゃんと蛍をシロタマに預けて、隊長や美神さんに聞く。

「工房?」
「はい、宝珠自体は俺の霊力で作れるんで特に場所はいらないんすけど、台座や鎖みたいな彫金をやるとなるとそれなりの場所がいるんで」

 ものがものだけに宝珠だけ作って彫金は他の誰かに頼む、と言うわけにはいかない。万が一も考えて彫金も自分でやるにこしたことはない。そのために妙神山でベスパやジークに彫金など装飾加工を教わったのだ。

「そうね、蛍ちゃんのこともあるから一軒家の方がいいと思うんだけど・・・令子、一軒家の除霊依頼はないの?現物支給の」
「そういえば確か一つあったと思うわ」

 美神さんが戸棚からいくつかのファイルを取り出す。なんかどんどん話が進んでくな・・・。

「あった、これだわ」
「・・・ずいぶん近いわね」
「ええ、だから後回しにしてたんだけど・・・ま、ママ。別に忘れてた訳じゃないわよ!」
「まあいいわ。で、横島くんどうかしら?この程度なら文殊でさっと終わるし、横島くんが除霊してくれるのならそのままあげるわよ」
「ちょ、ちょっと待ってよママ、そんな勝手に・・・でもそうね、立地条件は悪くないけど特にお金にはならなそうだし、アンタやってみる?」

 相変わらずえらい話の早い親子だ。とはいえ渡りに船。古そうだが条件もいいし、広さもずいぶんありそうだ。庭もずいぶんあるから、蛍のいい遊び場になってくれるだろう。しかしこの年で一国一城の主になるとは思ってなかったな。

「ホントにいいんすか?」
「アンタの好きになさい」
「あ、ありがとうございます美神さん」

 頭を下げる。

「それじゃあ俺と蛍は一度妙神山に戻って準備をしますから・・・そうっすね、明後日にもう一度きます」
「もう帰っちゃうんですか、横島さん?夕食も食べていけばいいのに・・・」
「ごめんおキヌちゃん。また今度ごちそうになるよ。そういえばあっちはずいぶん静かだな」

 隣の部屋、シロタマに預けていた蛍を見に行く。

「あらあら、この子たちったら・・・」

 そこにはくっついてすやすやと幸せそうに眠っている4人の姿があった。起こさないようにそっと『氣殺』をして近づき、蛍だけをそっと抜き取る。

「「うみゅう・・・」」

 隙間があいて寒くなったのだろうか、シロとタマモが残ったひのめちゃんにすり寄る。

「それじゃあまた明後日に・・・」
「それじゃあね横島くん」
「まってますから」
「また六道に行くときは私も同行してあげるから言ってね」

 そうして「うみゅうみゅ」とつぶやく腕の中の蛍を起こさないように、小声で美神さんたちに挨拶をして空間跳躍の『宝珠』を発動させた。


 

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