「うわぁぁあぁぁ〜〜〜〜〜〜〜!!!」
「すごいでちゅ〜〜〜〜〜〜〜〜!!!」
お子様二人の声が、砂浜いっぱいに広がる。
透き通るような青い海に、白い砂浜。眩いばかりの太陽が、容赦なく体温とテンションを上げてゆく。うだるような暑さも、しかしここでは刺激的なエッセンスに変わる。
そう、ここは日本における別天地―――沖縄だ。
宝珠師横島Side-stories 〜The Fluorite’s vacation〜
前編
(横島 蛍)
「見るでちゅよ、蛍! 青い海でちゅ!」
ぴょんぴょんと飛び跳ねるパピおねえちゃんにつられて、蛍も飛び跳ねる。お砂がちょっと熱いけど、でもそんなのは気にならない。そういえばなんかお砂がキュッキュするけど………
ううん、それより海だよね!
もちろん良い子の蛍は、いきなり海に飛び込んだりしない。パピお姉ちゃんも、ちゃーんと分かってるみたい。
「さあ、蛍! まずは準備運動でちゅ!」
「うん!」
お姉ちゃんのかけ声にあわせて……1、2、3、4!
膝を曲げて伸ばして、腕をグルングルンして、えーとそれから……深呼吸?
『スーハースーハー』
お姉ちゃんと二人で深呼吸。でも体操の時って、どうして最後に深呼吸するんだろ?
「そんなの決まってるでちゅ。運動するとお腹がすくから、空気をすってお腹をふくらますんでちゅ」
「でもお姉ちゃん? 蛍、スーハースーハーしてもお腹膨らまないよ?」
「きっとスーハースーハーが足りないんでちゅ! 小竜姫も言ってたでちゅ! がんばれば霞を食べて生きてけるらしいでしゅ!」
「かすみ?」
「きっと空気の中にあるおいしい成分でちゅよ! とにかくもっとスーハースーハーするでちゅ!」
「うん!」
二人でスーハースーハースーハースーハー…………けほっ! けほっ!
「こらこら、咳き込むまで息吸ってどうするんだい?」
『お姉ちゃん!』
浮き輪とクーラーボックスをもってやってきたのは、セクシーな水着を着たベスパお姉ちゃん。
ちなみにパピお姉ちゃんが言うには『女はセクシーが強い』らしい。
でもどうして強いんだろ?
「おいおいベスパ、俺をおいていかないでくれよ」
「あ、パパ!」「ヨコチマ!」
「おっ、二人とも可愛いぞ」
えへへ、パパに可愛いって言われちゃった。
今の蛍の格好は、セパレーツの黒い水着なの。学校のじゃなくて、この旅行の為にお姉ちゃんたちと一緒にお買い物して買った新品。おへそが見えちゃうからちょっとだけ恥ずかしいけど、でもパパが可愛いって言ってくれたから平気かな?
そういえば『可愛い』と『セクシー』って、どっちが強いのかな?
「蛍もパピも、二人とも準備運動したか?」
ビーチパラソルを差しながら効いてくるパパに元気に答える。準備運動はばっちり。いつでも海に―――
きゅるるるるるる〜〜〜〜〜〜………………
「先にお昼ご飯にしようか、蛍?」
「…………うん」
スーハースーハーしても、やっぱりお腹いっぱいにはならないみたい。
(バスパ)
アタシと義兄さん、蛍、パピリオの4人でいると、大抵、バツイチ夫婦ってのに見られるらしい。要するに蛍が義兄さんの連れ子で、パピリオがアタシの連れ子ってことになるのだ。
ちなみに某現代社会に毒された九尾の狐が言うには――
『どっちかっていえば、アンタは若くして一児の母になった元ヤンキーで、ヨコシマは早くに妻を亡くした男やもめって感じね。まあ、多少は違和感があるカップリングだけど、それはそれで面白い夫婦なんじゃない?』
――とのこと。
まったく、他人事みたいに…………
「まあ、おかげで変な男共にちょっかい出されなくて良いんだけどさ……」
「何か言ったか、ベスパ?」
「いや、別に」
義兄さんにそう答え、アタシは手元の串焼きにかぶりつく。
そもそも事の発端は、パピリオが『ハイビスカスの蜜が吸ってみたい』などと言い出したことだった。どうやら沖縄旅行のCMを見て言い出した事らしく、そのまま『ハイビスカスの蜜が吸ってみたい』が『沖縄に行ってハイビスカスの蜜を吸いたい』に変わり、最終的に『沖縄に行きたい』に短縮されたらしい。もはや当初の『ハイビスカス』のハの字も残っていない。
とにかく『沖縄に行きたい』と言い始めたパピリオ。そうなると当然、ねだる対象は義兄さんになる。始めは微妙に渋っていた義兄さんだったが、蛍の援護射撃と『たまにはパピリオを遠出させてやれ』という猿神の鶴の一声によって、沖縄行きが決定。蛍が夏休みにはいり、アタシの休暇申請が通ったところで、こうしてアタシたち家族の沖縄旅行が決行されたのだった。
ちなみに料金は全て義兄さん持ち。うん、まあ、なんだかんだで義兄さんも楽しみにしてたみたいだし、ここは遠慮無く奢られることにしよう。
「しかしこういう場所のメシって、不味いわりに美味いよなぁ。ベスパもそう思わないか?」
「よく分からないけど……まあ、軍隊の糧食よりマシかもね」
「俺としてはそっちのほうがよく分からんが……」
いや、あれは不味いんだよ。缶詰はともかく、パックいりの方なんかは特に。あれを三食好んで食べるワルキューレの気が知れないね。
「それよりも義兄さん?」
「うん? なんだ?」
「……あれは放っておいていいのかい?」
テーブルの向こうを見やる。
そこにはかき氷をかきこみ、頭を押さえてのたうち回る蛍とパピリオの姿が―――
「誰もが通る道さ」
「そんなもんかね……」
ちなみに二人が食べているのは『ハイビスカス味』などと言う物らしい。
あるんだ、そんな味のシロップ…………
さすが沖縄。
(横島 蛍)
海の上をぷーかぷーか。浮き輪の穴にスポンってお尻を入れれば……ほら、こんな風に簡単に海の上をぷかぷかできるの。足が着かないのはちょっと怖いけど、でも今の蛍はぜんぜん平気。
だって……
「気持ちいいか、蛍?」
「うん!」
今の蛍は、パパのビート板代わり。蛍の載る浮き輪を抱えたパパが、足をバタバタさせて前に進んでるの。だから一緒に蛍も前にスイスイーって。
蛍も足をバタバタさせちゃえ!
「わ、こら、蛍、水が……」
「えへへ!」
蛍が足をバタバタさせると、水がパシャパシャってなって、蛍とパパの顔にかかる。海の水は塩辛くて嫌いだけど、でも困ったふうなパパの笑顔が見れるから、ついついやっちゃうの。
でもやっぱり目にしみる〜〜〜〜〜!!
「ほら、蛍」
パパの手が蛍の顔をゴシゴシする。
「大丈夫か、蛍?」
「うん! パパもやってあげる!」
浮き輪の向きをくるって変えて、パパの方を向く。パパの顔をゴシゴシゴシ……
「ちょ、蛍、目に海水が……」
「えへへへへ!」
沖縄って、とっても楽しいところなんだね、パパ!
(ベスパ)
ビーチパラソルの下、お昼寝中のパピリオと蛍の面倒を見ながら、アタシはグッと伸びをした。
「そういえば、久しぶりの休暇なんだよね」
そんなことをぼやきながら、ふと周囲を見渡す。ホテルのビーチは、多くの人間でにぎわっていた。夏休み中ということもあって、そのほとんどはファミリーだ。
貴重な休暇を、子供のために使う父親母親たち。
「アタシも一緒か…………」
思わず笑みがこぼれる。
確かに子供のお守りは疲れる。重労働なのは間違いない。
だけどそれでも、子供たちの為に休暇を使う。
アタシには、そんな親の気持ちが少しだけ分かった。
「知ってほしいんだろうね…………自分の知っていることを…………」
人間は『伝える』ことで進化の道を駆け上がったのだと、昔、アシュ様に聞いたことがある。
これが動物だったら、子供は親の行動を見て覚えるしかない。あるいは長い年月をかけ、種の本能に書き込まれるのを待つしかない。
だけど人間は違う。
人間は『伝える』ことを突き詰めた種族だ。言葉然り、文字然り。自分の得た経験を子供たちに伝えることで、人間は自分たちの種族を発展させていった。
そして親が子供のために休暇を使うのも、同じような理由だとアタシは思う。
親は子供に知って欲しいのだ。
自分の得た喜びを。
自分の得た悲しみを。
自分の得た知識を。
自分の得た感動を。
そして親たちは、子供に『思い出』を作らせようとする。
思い出こそが、その者の心を形作っているのだから―――
「ベスパ、ほら。ハイビスカス味で良かったよな」
「ありがと」
義兄さんの買ってきたかき氷を受け取り、ほおばる。ほてった身体に、氷を削っただけの御菓子の冷たさが染み渡る。
次いで頭痛。
「け、結構くるね……」
「だろう。だけどそれが良いって言う意見も…………くぅぅ〜〜〜!!!」
かき氷をかっ込み、そして頭を押さえてのたうち回る義兄さん。なぜかその顔は笑顔だった。ちょっと不気味だ。
「……うにゅ…………あれ、パパ?」
「あ、蛍。起きたのかい?」
「……うん」
そうは言いながら、まだ微妙に眠たそうな蛍。頭がふらふら揺れている。
「ほら、もう少し寝てな」
大人しく横になる蛍。しぱしぱと眠たげな目を瞬かせながら、
「ねえ、お姉ちゃん…………聞いても良い?」
「なにを?」
「……セクシーと可愛いって、どっちが強いの?」
「……はあ?」
思わず目が点になる。
傍らでは、未だに転げ回っている義兄さん。
「……ねえ、どっちが強いの?」
「それは……」
はてさて、どう答えたものか。