ホタルの・・・・・灯火・・・・・

 降る・・・・白雪・・・・・

 宝珠師横島Before 〜The Broken stones〜

 -----第2話『想い・交差し』


 

(ベスパ)

「・・・ベスパ・・・ちゃん?」
「目が覚めたかい、パピリオ」

 腫れぼったい目を開くパピリオ。

 私達が今いるのは、妙神山の修行場の隣にたてられた宿坊だ。長期修行者のために建てられたらしいこの宿坊。もともとここを使った人間は数えるほどしかいないし、ここ百年は全く使われていなかったそうだが、小竜姫が暇つぶしに掃除していたらしく、古さはあるが汚さはない。以前、アタシたちがアジトとして使っていた別荘と良い勝負かも知れない。

 パピリオの額を撫でる。きめの細かい肌は、すべすべしていて気持ちが良い。

「ここは・・・?」
「妙神山の離れさ」

 寝起きでボーとしたままのパピリオが、大儀そうに首を動かして部屋を見回す。基本的に畳敷きの和室になっているが、掛け軸がなぜか中国風だ。まあ気になるほどの違和感ではないのだけが救いだけれど。


 

「怖い・・・怖い夢を見たんでちゅ・・・」
「・・・・」

 首を動かすことを止め、焦点の合わない瞳で天井を見つめながら、そう言うパピリオ。


 

「とってもきれいなお花畑なのに・・・とっても寒いんでちゅ・・・。色んなお花が咲いてるのに・・・みんな冷たいんでちゅ・・・」


 

 泣いていたせいか、かすれた声はひどく聞きづらい。しかしじっと耳を傾ける。


 

「・・・それで、ヨコチマとルシオラちゃんなのに・・・・ヨコチマとルシオラちゃんじゃないんでちゅ・・・もっと・・・怖い・・・・怖い・・・ヨコチマで・・・・・・」


 

 口の中で小さくつぶやくパピリオ。その言葉は小さく、そっと耳を近づけようとして・・・パピリオが飛び起きた。


 

「ヨコチマ・・・そうでちゅ!ヨコチマはどうなったんでちゅか!?」
「ちょ・・・落ち着け、パピリオ!」
「ヨコチマは・・・ヨコチマは無事なんでちゅか!?大丈夫なんでちゅか!?」


 

 アタシを勢いよく揺さぶるパピリオを引き離す。

「大丈夫!大丈夫だ!命に別状はないから!!」
「そうでちゅか・・・。よかったでちゅ・・・本当によかったでちゅよ・・・」

 糸が切れたように、布団にへたり込みながら『よかった』とつぶやき続けるパピリオ。その表情は、本当にポチの無事を喜んでいるようで・・・しかし浮かべる笑顔は、まるで作り笑いのような空虚さを思わせる。


 

「なあ・・・パピリオ・・・」
「それで・・・ヨコチマはどこにいるんでちゅか・・・?」
「え?ああ、隣の部屋だよ」


 

 力無く立ち上がり、ふらふらとした足取りで隣の部屋に向かおうとするパピリオ。

「お、おいパピ!?」

「・・・・・・・・・・」


 

 その足取りは、しかしとても重い。よく見ると、パピリオの顔が青くなっているような気がする。

 ふすまの取っ手に手をかけるパピリオ。しかしそこから先へと、手が動こうとしない。

「パピリオ・・・おまえ・・・」


 

『・・・・っぅ・・・』


 

 アタシが声をかけようとした矢先、ふすまの中から聞こえてきたうめき声に、はじかれるようにパピリオがふすまを開ける。

「ヨコチマっ!!」

 今までの足取りが嘘のような速さで部屋に飛び込むパピリオ。アタシもあわててパピの後に続く。

「・・・・ヨコチマぁ・・・」

 ポチの寝かされている布団のすぐ脇で、ヘナヘナっとへたり込むパピリオ。ポチがちゃんと息をしていることに安心したのだろう。

 全ての霊能を封印され、死んだように眠り続けるポチ。おそらく今日明日中に起きることはない。いくらヒーリングを施したとはいえ、体力自体は本人のを消費したのだし、第一あれほどの血を流したのだから当然だろう。


 

 ぺたんと座り込むパピリオの隣に腰を下ろす。緊張の糸が切れたかのように、パピリオは放心中だ。

「大丈夫だ、パピリオ。ポチは生きてるよ」
「・・・・・・うん」

 パピリオと二人で、眠るポチを無言で見つめる。ポチの顔は失血のせいか、心なし青い。

 沈黙。

 流れる空気は、なぜかひんやりとしている。


 

「ねぇ・・・ベスパちゃん・・・・」
「・・・なんだい?」

 視線はポチに固定したまま、パピリオがつぶやく。

「何で・・・ルシオラちゃん・・・死んじゃったんでちゅかね・・・・」
「・・・・っ!」

 ぽつりとつぶやくようにそう言うパピリオ。その言葉を聞いた瞬間、全身に寒気が走った。

「こんなに・・・ヨコチマ苦しめて・・・こんなにヨコチマ傷つけて・・・・なのになんで・・・いなくなっちゃったんでちゅかね・・・」

 きっとパピリオに深い意図はない。ただ思ったことを淡々と紡いでいるだけだ。しかしその言葉は、アタシにとって間違いなく弾劾の重みを持っていた。


 

『なぜ殺した!? なぜ殺した!? なぜ殺した!?』


 

 アタシが手を下したわけではない。結果として姉さんは・・・ルシオラは死んだけれど、それは結果であって、過程ではない。

 しかしそんな事は関係ない。

 アタシは言った。アシュ様の問いに対して、しっかりと。


 

『・・・・・殺れます!!』


 

 本当に殺して欲しがっていたのはアシュ様なのに・・・おかしいと思っていたのに・・・でもアタシはそう言った。言ってしまった。

 生きていたかったはずの姉さんを殺す事を、アタシは選択してしまったのだ。


 

 それはずっと考えないようにしてきたこと。そのために入りたくない軍隊に入ってまで・・・軍隊の忙しさに甘えてまで、今まできたのに。なのにパピリオの口から放たれた言葉が、否応なしにアタシに突きつけてくる。

 アタシの原罪。


 『身内殺し』


 

 全身に走る寒気。震えそうになる自分の肩を、自分自身で抱きしめる。

 やめろ・・・やめてくれ・・・頼むから、これ以上パピリオの口からそんなこと聞かせないでくれ・・・頼む。

「ねえ・・・何で・・・・何でルシオラちゃんは・・・・」
「・・・止めろパピリオ」


 

 肩を抱いたまま、うつむいて言う。いや、気がついたら声が出ていたのだ。


 

 驚いて私を見つめるパピリオ。

「頼む・・・止めてくれ」

 一度堰を切ってしまった言葉は、決して戻らない。

 焦点の合っていなかったパピリオの目に、光が戻ってゆく。


 

「・・・・あっ・・・」


 

 パピリオの顔に理解の色が浮かぶ。いま自分が言った言葉の意味・・・それが何なのかと。

「あた・・・あたち・・・・そんな・・・べつ・・べつに・・・」

 かすれた声で必死に言い訳をしようとするパピリオ。

 分かっている。別にパピリオは私を責めていた訳じゃあない。そんなことよく分かっている。

 だけど今のアタシには、パピリオの口から出る言葉全てが、アタシの心を突き刺すナイフに感じられてしまう。分かっているのに・・・分かっているのに・・・。

「何も言わないでくれ・・・頼む・・・」

 肩を抱く腕に力を込める。

 ひどく寒い。さっきパピリオが言っていた夢の中も、きっとこんな寒さだったに違いない。

「ごめ・・・ごめんな・・・ごめんなちゃい・・・・あたち・・・・あたちそんな・・・・」

「だまれ!!」

 放たれた言葉は、やはり戻らない。


 

「・・・ごめんなちゃい!」

 部屋を飛び出すパピリオ。しかし今のアタシに、パピリオを追いかける気力はなかった。


 

 寒さに耐えきれず、膝を抱える。死んだように眠っているポチからは、ただ『生きている』という気配しか伝わってこない。

 それは・・・冷たい気配。

 生きているはずなのに・・・冷たい。


 

「・・・・姉さん・・・・・アシュ様・・・・・」


 

 理解する。

 ああそうか。ポチもパピリオも・・・そしてアタシも・・・


 

 止まったままだ。


 

(パピリオ)

「ごめんなちゃいごめんなちゃいごめんなちゃいごめんなちゃいごめんなちゃいごめんなちゃいごめんなちゃいごめんなちゃいごめんなちゃい・・・・・・」

 膝を抱え、顔を埋め・・・そして口の中でくりかえす。

「ごめんなちゃい・・・ベスパちゃん・・・」

 謝らなきゃいけないベスパちゃんはいまちぇん。でも、今のわたちに出来るのは、謝り続けることしかないでちゅ。


 

 わたちは・・・バカでちゅ。

 ベスパちゃんが、『ルシオラちゃんを殺したのは自分だ』と思ってることは前々から知ってまちた。なんども、後悔と懺悔の言葉を口にするベスパちゃんをみまちたから。


 

『違う』


 

 わたちは何度もベスパちゃんにそう言いまちた。アレはベスパちゃんのせいでも、ルシオラちゃんのせいでも、ヨコチマのせいでもない、って。

 でも、ベスパちゃんはそう思っていないんでちゅ。


 

『アタシが・・・姉さんを殺したんだ・・・』

 そう言うベスパちゃん。

『違う』

 と、言い続けるわたち。


 

 ベスパちゃんが、魔界正規軍に入るために、魔界に向かう前の夜の会話・・・わたちはよく覚えていまちゅ。あの事件の後、ベスパちゃんとすごした貴重な夜で、そして眠れない夜でちたから。

 つぶやくのを止める。これ以上口を開いたら、絶対に泣いてしまいまちゅから。

 冷え冷えとした山の空気。

 まるで、その時の夜みたいに・・・寒い。


 

「・・・・・・・・・・・・・・」


 

 小竜姫の弟子として・・・『保護観察処分』としてこの妙神山に預けられて、もうずいぶん経ちまちゅ。

 ここの暮らしは堅苦しくて、そして退屈でちゅ。だから暇な時とか、無駄に広い庭を掃除するときとか・・・とにかく考える時間が多くなりまちた。

 わたちは、結局あの事件の時、何にもできまちぇんでした。

 ただ言われたことをして、ダメと言われてないから色んな動物を飼って、ルシオラちゃんに流されてニンゲン側に行って・・・気がついたら、終わっていまちた。

 ただ、存在していただけ。

 いてもいなくても、どちらでも良かった。

 あのころは、そんなこと思ってもいまちぇんでした。わたちはアシュ様のために存在していて、ただ用事が終わればいなくなる・・・それで良いと思ってまちた。

 けれど全てが終わって、大きくなることが出来るようになって、ここに住むようになって・・・そして存在する意味が無くなりまちた。


 

 サナギになれたのに、蝶になることが出来ない。

 わたちは・・・空っぽなんでちゅ。


 

「・・・・・・・・・・なんか・・・寒いでちゅ・・・ね」

 そういえばわたちは寝起きでちた。あはは、通りで寒いはずでちゅね。

「・・・・ヨコチマ・・・」

 正直、今こうしてヨコチマから離れていると不安につぶされちゃいそうになりまちゅ。眠っていたから大丈夫だと思いまちゅけど、でも・・・・。

「・・・・・・・・・・」

 頭を振る。

 さっき見た夢と現実の光景。血を流すヨコチマ。

 もしあのままヨコチマが死んでいたら・・・そう思うと震えが止まりまちぇん。ちょっとそう思っただけなのに、胸が痛くなって、背中が震えて・・・泣きたくなりまちゅ。


 

 怖い。

 ヨコチマがいなくなるのが・・・怖い。誰かがいなくなるのが・・・怖い。ひとりぼっちになるのが・・・怖い。


 

 空っぽのわたちだけが取り残されるのは、いやなんでちゅ!


 

「・・・・・・ごめんなさい・・・でちゅ」

 謝るしか、わたちには出来ない。それ以外、ベスパちゃんに、何もしてあげることが出来ない。見捨てられたくないから、何かしなければいけないのに、何も・・・何も出来ない。

 涙がこぼれそうになる。でも泣いたりしまちぇん。

 そんなことしたら・・・そんなことしたら・・・・・わたちはきっと・・・・


 

「・・・ごめんなちゃい・・・お姉ちゃん」


 

 一人はいやなんでちゅ。




 

(斉天大聖)


「目を逸らすでない、小竜姫」
「ですが・・・」

 画面から目を逸らそうとする小竜姫を、にらみつける。それでも小竜姫はうつむいたまま、顔を上げようとせん。

「小竜姫」
「・・・・はい」

 もう一度言う。顔を上げる小竜姫。


 

 今ワシらが見ているのは、さっきヒャクメのヤツに準備させた、監視映像。いつもワシがゲームに使っているテレビには、ヒャクメのトランクとやらから伸びたコードがつながれ、常時、離れの方・・・つまり小僧たちの様子が見れるようになっておる。

 画面の半分は、死んだように眠り続ける小僧と、その脇で膝を抱えるベスパを映し、もう半分は、寒空の下で身を震わせながら身体を縮める、蝶の嬢ちゃんの姿が映し出されておる。

「・・・・・・・・」

 部屋の隅で、蝶や蜂の嬢ちゃんと同じ用に膝を抱え、無言で沈んだ表情を浮かべるのはヒャクメ。コードはトランクから伸びてきているが、その映像自体はヒャクメの能力で映し出されている。だから、テレビに映像が映っている以上、その映像は・・・ヒャクメならば映像以上のことも・・・ヒャクメが『視て』いる映像と言うことになる。


 

「・・・・・・ぅぅ〜・・・」

 とうとう泣き出すヒャクメ。小竜姫のやつも、ヒャクメにつられまいと口を押さえておる。それでも目が潤みきっておるがの。

 画面の中にいる三者。三者三様に、その姿は痛々しさを醸し出しておる。

 おびえる蝶の嬢ちゃん。悔やむベスパ。そして生きることを止めようとする小僧。


 

「・・・老師・・・やはり」
「ならん」

 小竜姫の言葉を、はっきりと遮る。こやつが何を考えているかなど、手に取るように分かる。おおかた自分も小僧や嬢ちゃんたちの元へ行かせて欲しいと考えておるのじゃろう。

 しかし、それは出来ぬ相談。

「・・・しかし老師、このままでは・・・」
「ワシはならんと言った」
「ですが老師・・・」
「くどい!」

 一喝する。

「・・・・よいか小竜姫、これは小僧たちが自ら解決せなばならん事じゃ。ワシらのような部外者が立ち入ってよい事ではない」
「そんな!元はと言えば、私たち神族が・・・・・」
「愚かものめっ!!!!!」

 先ほどの一喝とは比べものにならないほどの音量と、そして『氣』を込めて言い放つ。まがいなりにも武神である小竜姫は、その衝撃に耐えたようだが・・・ふむ、文官のヒャクメではちときつかったかの・・・完全に気絶している。まあその方がヒャクメのヤツには良かったのじゃろうがの。

「小竜姫、まさか自分たちのせいなどと言うつもりでは無かろうな!」
「し、しかし我々神族が・・・」
「うぬぼれるでないわ!!!」

 黙る小竜姫。ヒャクメが気絶したせいで、テレビ画面には何も映っていない。

「ろ・・・老師・・・」
「全知全能にでもなったつもりか、小竜姫! 『神』という名の傲慢を押しつけるなど、甚だしいわ!!」


 

 確かにワシらは神族と・・・つまり神と呼ばれる存在じゃ。じゃが、神と言って何かが出来るわけではない。人間のような『魄』を持っていないだけで、詰まるところ神も『人』とかわらんのじゃ。

 例えどんなに力を持っていようと。


 

「ワシらが人にしてやれる事など、無いと言ってもよい」
「老師・・・」
「おのれ自身で、よく考えてみるがいい」
「・・・・はい・・・」

 うつむきながら、かすれる声で答える小竜姫。

 まだまだ年若い小竜姫には理解できぬ事であろう。ワシこそ、それを理解するまで、それこそ数え切れぬ歳を積み重ね、道を間違え、人界神界を騒がせ、ようやく気づくことが出来た事じゃからな。

 しかしいずれ理解せねばならんことじゃ。


 

 我々、神が人にしてやれることは、たった二つ。


 

 『生まれゆく魂を見守ること』

 『死にゆく魂を見送ること』


 

 どれほど力があろうと、どんなに永劫を生きようと、神とは詰まるところこれしかできんのじゃ。たとえ神界屈指の武神と呼ばれようがの・・・。

「ヒャクメのヤツを介抱してやれ」
「・・・はい」

 ヒャクメを抱き起こす小竜姫。ワシの『氣』にあてられただけじゃから、すぐに目を覚ますじゃろう。

「小僧たちについては、お主らが見たければ監視しているがよい。じゃが、手出しすることは決してならん。よいな」
「・・・・・・はい」

 下唇をかみしめ、目を逸らして答える小竜姫。まあよかろう。

「ワシはゆく。ふむ、しばらくゲームはお預けじゃな・・・」

 どのみちテレビは小竜姫たちが使うであろうし・・・まったく、せっかく新作が出たというのに。まあ小僧たちが立ち直るまで・・・願掛けではないが・・・もうしばらくは我慢するかのう。


 

 部屋を出る。耳にかすかに届くのは、押し殺した小竜姫の泣き声のみ。
縁側から見える星空は・・・ふむ、確かに寒々と澄み切っておるの。

「小僧・・・ベスパ・・・蝶の嬢ちゃん・・・」

 離れの方に顔を向ける。聞き耳には自信がある方じゃが、しかし何も聞こえはせぬ。

「頭は下げぬ・・・」

 言うべきではない言葉。言ってしまえば、詰まるところワシも『神』という傲慢を振りかざすことになってしまう。『神』の無力さなど、とうの昔から知っておるというのにの・・・。


 

「・・・・・・じゃが・・・すまん」


 

 ワシもまだまだ未熟者よな。


 

(ベスパ)

「・・・パピリオ」

 先ほどまでのアタシと同じように、膝を抱え、寒さに身を震わせているパピリオ。そんなパピリオにそっと声をかける。

「・・・ベスパ・・・ちゃん?」

 顔を上げるパピリオ。まるで泣いているような様子だったが、しかし涙の跡はない。


 

「・・・ほら」


 

 パピリオの側に歩み寄り、手をさしのべる。

 しばらく躊躇した後、アタシの手を取るパピリオ。こんな寒空の下にいたのに、その手はなぜか冷たくはない。


 

 いや・・・これは・・・。


 

「あはは・・・ベスパちゃん・・・手が冷たいでちゅよ」

 力無く笑うパピリオ。はは、そうか・・・アタシの手が冷たいだけだったんだな。

 パピリオとアタシ。つながれた手はお互い冷え切っていて、だから全然温かくはならない。

 なのにつないだ手を離す気には、なれなかった。


 

「・・・さっきは怒鳴ったりして、悪かったね」

 お尻についた砂埃を払おうとせず、ただアタシの手を握るだけのパピリオにそう言う。


 

 謝らなきゃいけないから、だから謝る。

「・・・わたちも・・・ごめんなさい」

 それはパピリオも一緒。

 当たり前のことをして、当たり前のことを返される。なのに胸をチクリと刺すこの痛みは、何だ?

 ああ・・・謝ることで、自分を偽っているのだから当然か。


 

「・・・寝ようか」
「・・・そうでちゅね」

 宿坊の方に向かって歩き出す。

 寒い空気のせいだろうか、見上げた星空は満点だ。

「・・・ねぇ・・・ベスパちゃん・・・」

 小さくつぶやくパピリオ。その視線はアタシと同じように、星空を見上げていた。

「・・・なんだい?」
「・・・お姉ちゃんって・・・呼んでもいいでちゅか・・・?」

 星空から視線を外し、そしてアタシを見上げてくるパピリオ。その瞳に映るのは、期待と・・・そして『恐怖』。


 

「・・・かまわないよ」


 

 別になんと呼ばれようが関係はない。第一、姉妹と言っても、別に血のつながりがある訳では・・・いや、そんな事はどうでもいい。


 

「・・・ありがとうでちゅ・・・お姉ちゃん」


 

 そう言ったきり、口を閉じるパピリオ。だからアタシも前を向いたまま、何も言わない。


 

 つながれた手は・・・いつまでも冷え切っていた。


 

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